覬覦

@shadrome

第1話

 「そして、1876年。二条城にて、第十五代将軍である、徳川慶喜が、大政奉還を行ったことにより、長く続いたた徳川政権が終わったというわけだ」

『キーンコーンカーンコーン』

「じゃあ今日の授業はここまで。今日の範囲は重要だからよく復習しておくこと。それと、志望校の紙をまだ出してない奴は今日の終礼で回収するから書いておけよ」

そういって俺は教室を出た。生徒でごった返している廊下を何とかかき分けて歩いていく。

「ヤッホー」

という声に

「おう。敬語使えよー」

と流しながらなんとか職員室までたどり着いた。ホームルームまで授業がないことを確認し、いつも通りのコーヒーを入れる。

「ふー」

と一息ついたのも束の間、

「拓也先生。志望校の紙は集め終わりましたか?今日までだったと思うのですが」

と話しかけられてしまった。

「すいません。ほぼほぼ集め終わったのですが、まだ少し出していない生徒がいまして。明日でも大丈夫ですか?」

「そうですか。大丈夫ですよ。明日また声を掛けますね」

今度こそ一息つこうと、コーヒーを口に運んだ瞬間、また邪魔が入った。

「まったく。いいよな、母親が校長で父親が教育委員会ってのは」

同僚の山内だった。こいつとは同じタイミングでこの学校に赴任してきたため、職場の中で最も仲が良い。

「こりごりだよ。どこの学校に行っても、特別扱い。勘弁してくれって感じだ」

「はあ。俺もそんなこと言ってみてえなあ。俺なんて、もう昨日からずっと催促されてるぜ。人によって態度変えやがって。あのおばちゃん教頭」

と一瞥して、山内は自分のデスクに戻っていった。今度こそコーヒーを口に含み、パソコンを開く。たまっていた仕事を進めようと検索エンジンを開くと、

『高校生教師が生徒複数人に暴行』

という記事が目に入った。どうしようもない奴もいるもんだな。と思いながら作業を進める。

「はっ」

気付いた時には二回目のチャイムがなっていた。とっくに終礼の時間は始まっている。周りを見渡すと、担任を持っている先生は全員いなくなっていた。あわただしく必要な書類をまとめ、残っていたコーヒーをぐいっと喉に押し込む。思わずむせそうになりながら急いで職員室を飛び出した。暑いとも寒いとも言い難い廊下を走って自分の教室へと向かう。

『あんだけ廊下は走るなって言ってるのにな』

なんてのんきなことを考えながら、勢いよく教室の扉を開けた。

中に入ると明らかに退屈そうにしながらだべっている生徒たち。

「ごめんなー。遅くなった。代わりに早く済ませるから勘弁してくれ」

騒いでいた生徒がこっちを見て、

「何してたんすか―」

と聞いてくる。

その問いに対して俺は素直に

「すまん。寝てた」

と端的に返した。

クラス中で笑いが起こる中、素早く連絡を始めた。

一通り連絡を終え

「あと、最後に志望校の紙を出してない奴はこのホームルームの後に出すこと。紙ない奴は渡すから言えよー」

と言い、ホームルームを終え、そこから三十分近くかけてなんとか回収を済ませた。

「おい、星川。あとお前だけだぞー」

「はいはーい。ちょいまってー」

そうして最後の一人を回収し、教室の戸締りをして、職員室へと向かった。

教室に入り、デスクに向かうと、隣の山内が再び話しかけてきた。

「お前、終礼間に合ったのか?」

「いや全くだ。なんで知らせてくれなかったんだ?一言くらい声かけてくれてもよかったのによ」

「いやお前なあ。何回も声かけたからな。何なら俺以外もいろんな先生が声かけてくれてたぞ。それなのにお前ちょっと会釈するでけでなんも言わなかっただろ」

どうやら悪い癖がでてしまっていたらしい。どうも集中していると、周りが見えなくなってしまう。

「そうだったのか。それは申し訳なかった」

「いやまあ俺はいいんだけどよ。それより、いろんな人が声かけてくれてたから、そっちに謝りに行っておけよな」

『なんだかんだ言ってこいつも周りを機にかけられるいい奴だ』

なんて同期に対して上から目線にも評価する。職業病というやつかもしれない。念のため、山内に誰が声をかけてくれたのかを聞き、お礼をするがてら、お菓子を渡して回った。

そんなことをしていたら、いつのまにか日もおちてきて、さすがにまずいと思った俺は生徒たちの志望校を確認することにした。

周りに人がいなくなった頃、やっとの思いで残り3人まで読み終えた。この作業は生徒それぞれの志望校、学力、内申点などを確認しなくてはいけないため、かなり時間がかかる。

「北村了吾、留学かー。わかってたことだが最近は進路も色々だな」

と独り言をつぶやきながら、海外大学のホームページを開き、メモを取る。

「次が吉川愛里、パティシエになるために就職か。これはアドバイスするのも難しいな。念のため専門学校の候補も出しておくか」

そうしてやっと最後の一人になった。

「最後は星川か。勉強もできるしどこ志望かな」

と言いながら目線を下へとおろす。第三志望まで書けと言ったのに、明らかに第二志望と第三志望は空欄だった。そうして、明らかに余白のある第一志望の欄を見ると、そこにはたった一文字の漢字が書いてあった。

「死」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

覬覦 @shadrome

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ