第2話 初授業

-地獄の幕開け、そして最初の授業


「母上に、言ってやる……僕には向いてないって……!」

石畳の上で膝をつきながら、王子ライトは声を震わせる。

だがその声も、鎖の軋む音に掻き消される。


エクスは無慈悲に腕を掴み、硬質な手錠を彼の細い手首に巻きつける。

「そうですね。まずは“無力さ”という真実を、身体に教え込まないと」


教育という言葉が、こんなにも冷たく響くことがあるなんて。

ライトは、花畑の日々を思い出す──その指先は、もう優しい花を撫でることもない。


---


エクスの“授業”は、徹底的だった。

罵声はなく、ただ冷静に──感情を逆撫でするような視線と言葉で、ライトの“価値”を測る。


「あなたの腕は細すぎる。剣は握れませんね」

「声が震えてる。命令には向きません」

「涙腺が弱い。兵士は笑いますよ」


その一言一言が、ライトの心を削る。

だが、それだけではない。


エクスは王子の身体を無造作に持ち上げる。

強さの証明か、ただの支配欲か──その手は背に、腰に、そして太腿にすら触れていた。

「だめです、王子。思考が甘いと身体が崩れる。私は、それすら矯正する役目です」


ライトは、羞恥に震える。だが──怒りも、恐怖も、どこか快楽に似た感触で混線する。

この悪魔の教育官は、教育ではなく“調律”をしているのだ。彼を、“魔王”としてではなく“自分のもの”として──


「……っ、君のそれ、教育じゃなくて……」


「どうかしましたか?」

その微笑みは、ただ冷たいはずなのに。

なぜか、胸が高鳴った。


---


鎖の音が響く暗い室内で、ライトは初めて理解する。

“教育”とは、叩き込まれるものではなく、侵されながら自分の形を知ることなのかもしれない。


そしてその形を選ぶのは、自分ではない。

彼──冷酷な教師・エクスの手によって、再定義されていく。


---


魔王育成機関の地下室。

冷たい空気が身体の奥まで染みるなか、ライトは一糸まとわぬ上半身を晒されていた。

「ふざけてる……これは教育じゃなくて──ただ……っ」


視線。

エクスのそれは、触れてもいないのに、ライトの胸元を這うように感じられた。

まるで、“見られるだけ”で肌が熱を持つ。


「よく感じ取れていますね、王子。これが“接触前の接触”──魔力感応の第一段階です」


エクスの声は氷のように静かで、決して感情的ではなかった。

だがその視線には、確かな“情欲”が混じっていた。

それにライト自身が気づいてしまったとき、羞恥が急激に走る。


「か……感じてなんか……!」


言葉は途中でふっと消える。

エクスの指先が、喉元に触れた。


それは撫でるというより、魔力の脈動を探るような接触。

だがライトには、それが“肌を読まれている”ように感じられた。


「羞恥は、魔力に直結しています。あなたの“拒絶”こそが、最も濃い魔力の根源なのです」

「触れてみましょうか。その羞恥がどれほど美しい力に変わるか──」


ライトは咄嗟に手で胸元を隠す。だがそれすらも、教師の目には美しい“反応”にしか映らなかった。

「この赤らんだ頬。震える吐息。逃げながらも、私の視線を確かめようとする目──すべて、魔王の素質です」


そして教師はゆっくりとライトの背に手を回す。

その指は、脊髄に沿って魔力の芯をなぞるように動いた。


「ん……っ、や、だ……!」


逃げようとして身体を捩じったその瞬間、教師の手が腰に触れた。

その時だった──魔力が弾けるように、空気の色が変わった。


「見事ですね。羞恥から溢れた魔力、初段階の開花です」

「さあ、王子。身体で学びましょう。あなたは、感じれば感じるほど強くなる」


ライトの目は震えていた。

でもその奥に、何かが目覚めようとしていた──

触れられることの意味。見られることの力。

そして羞恥の先にある、自分だけの魔王性。


---


石室の中央、王子ライトは低く座らされていた。

両手は鎖に繋がれ、足元には命令語が刻まれた“魔語の石板”が並んでいる。

教育官・エクスはそれを見下ろしながら、静かに告げた。


「語彙が乱れていては、命令になりません。王に必要なのは、支配する言葉、従わせる声です」

「まずは命令語──『伏せろ』『跪け』『赦す』『壊せ』──覚えていただきます」


ライトは震えながら首を振る。


「そんな命令……僕には似合わない……!」


その反抗を、エクスは“素材の良さ”とみなしていた。

拒絶を恐れる者こそ、語りの変質に最も強く反応する。


教師は言葉を一つ、指先で示す。


「では試しましょう。これは“命令語:伏せろ”。王子、復唱なさい」


ライトは喉を詰まらせる。

だが教師は近づき、耳元に囁く。


「語れないなら、語らせます。口も教育の対象ですから」


その瞬間──指が顎に触れ、ゆっくりと口元を開かせる。

羞恥に震えるライトは、絞り出すように言葉を口にした。


「……ふ、せ……ろ……」


その瞬間、鎖が鳴った。

空気が震え、室内の魔力がわずかに揺らいだ。


「よろしい。それは、語りの主語が『支配者』に変わった証拠です」


ライトは動揺する。

口にしただけで、語りが変質する。

自分の語彙が、誰かを動かし、自分を変えていく感覚。


「……これって、魔力、なの……?」


「違います。これは“語りの力”です。語られる者から、語る者に変わる教育──それがこの章の目的です」


エクスは笑みを浮かべた。

だがその瞳は、どこか支配だけではない“期待”を灯していた。


---


その夜、ライトは一人命令語を練習する。

壁に向かって、何度も「赦す」「壊せ」「従え」と口にする。

語るたびに羞恥が走り、その羞恥が魔力になり──そして語りが変わっていく。


「僕が……命令してる? 誰にも届かないのに……」


けれど、それはすでに“届いて”いた。

暗がりの隅で、教師が静かに語る。


「いい語りでしたよ、王子。あなたの声は、もう私の魔力より……強い」


──語ったことによって、自分が変わる。

命令語彙、それは“語りの進化装置”なのだった。



「立ってください、王子。今日の課程は“接触構文訓練”です」


教師エクスの言葉には、優しさはなくても、圧のような威厳がある。王子ライトはその声に従って石床に立たされた。

たったそれだけで、教師と目線を並べることが、なぜか背筋を火照らせる。


「服を、外していただけますか」


命令ではない。けれど、拒めない空気が空間全体を満たしている。

ライトは指先を震わせながら襟に触れ、一枚ずつ衣を脱いでいく。

視線が肌に触れるたび、羞恥は階段をのぼるように深く、鋭く。


エクスは静かに告げる。


「露出には、魔力の感覚を研ぎ澄ます効果がある。“羞恥”を自覚し、それに向き合うことが魔力を操る第一歩です」


ライトの耳に、その理屈は届いている──けれど、それは肌を剥がす音にしか感じられなかった。


教師は一歩近づき、そっとライトの背に触れる。


「これは“接触構文:初段”。視線と皮膚の接点を通して、自分が“見られている存在”であることを認識させる技術です。

羞恥が心に作用し、それが魔力の流れを生み出します」


ライトの喉がひとりでに鳴った。羞恥という感覚が、“言葉になる前の語り”として、自分の内側を震わせている──そう、気づいてしまった。


「では、次は命令語を加えます」


教師が耳元で囁く。


「跪きなさい」


その瞬間、空気が重くなり、身体が命令に引き寄せられる。


「ッ……違う、違う! 僕は……自分で……!」


反抗の言葉は、羞恥と混ざって空間に染み出し、“語り”となる。

教師は微笑んで言う。


「良いですね。その言葉の揺れは、君の内面で“語られる存在”から“語る主体”へと変わろうとしている証拠です」


最後の訓練。


教師の指先がライトの背中にもう一度触れる。


「命令語:耐えろ」


その言葉は、痛みでも快楽でもない。羞恥の感覚を“鎧”のように変えて、ライトの身を包みこむ。


ライトは震えながらも、自分のなかに生まれた“語りの核”を感じる。


「……僕は、誰かに語られるだけの王子じゃない……!」


石室に響いたその声は、羞恥を語りに変え、自分自身の物語を手に入れる最初の一歩だった。


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