ショートショートXIV「独毒」

北ノ雪原

ショートショート 「独毒」


 俺は塞ぎ込んだ。


 かつて親友だと思っていた人間に、信じられない程酷いことをされて。

 そいつは大学時代から仲の良かった職場の同僚だった。仕事は大変だったが、そいつがいたから毎日が楽しかったのだ。

 嫌なことがあっても、仕事終わりにそいつと飲みに行っては上司の愚痴を言い合っていた。それがお互いにストレス発散だった。

 それなのに、それなのに。

 同僚の中には、俺のことを良く思わない奴がいた。俺の成績が良いのを妬ましく思っていたらしい。

 あいつはそんな奴と手を組んだのだ。そしてとある日から、同僚達による俺へのイジメが始まった。

 俺のことを良く思っていなかった奴は、見た目も中身も怖い奴だった。逆らったらどんな風にされるかわからない。

 だからって、だからって…!


 あぁ、結局人間は、自分が一番可愛いのだ。

 集団で俺をいじめて、仲の良かったあいつは、笑っていた。

 その時のひん曲がった笑顔、皆の視線。

 それが耐えられなくて、俺は仕事を辞めた。

 そして独りになり、引きこもった。


 今では寂れたアパートの一室に一人暮らし。

 四六時中ゲームをしたりSNSを見たり。

 飯はカップラーメンを買いためておいているので、いつもそれだ。

 荷物などは部屋にいても基本的には置き配にしてもらっている。

 何かを買いに行かなければいけない時は、仕方なく外出する。その時も会計はセルフレジ一択。

 仕事は単発の在宅でできるバイトをたまにしているのみ。長期で仕事をして、またあの時みたいになるのが恐ろしくて単発にしているのだ。


 そして俺はあれ以来、酒に溺れてしまった。黙っていると嫌なことがフラッシュバックされる。嫌な記憶をかき消すように、ひたすら飲みまくる日々になってしまった。

 カップラーメンを食べては昼から酒を浴びまくる日常。

 なんて悲しい生活になってしまったんだ。

 以前まで趣味だった釣りにも行かなくなってしまい、釣竿が部屋の片隅で埃をかぶり始めている。


 無気力、虚無感。


 俺は、極力人と関わりたくなくなってしまった。

 外出する時ですら、周囲の視線が気になってしまう。また皆で俺のことをいじめてくるような恐怖に襲われる。


 俺は極力人と関わることなく生きていこうと決めた。あんな思いをするくらいなら、一人でいる方がいい。

 これで良いのだ。これからは一人で自分の好きなことをやって、誰から何も文句など言われず好きなように生きていくんだ。


 ある日、いつものように部屋でゲームをしていた。

 さて昼飯にでもしようか、今日も買いためておいたカップラーメンでいいか。そう思い、椅子から立ち上がった時だった。


 ドクンッ。

 激しい痛みが心臓辺りに走る。

 あっまずっ───。


 バタン。


 …………。

「ん…。」

 自分の顔と思われる部分が、冷たい平面にくっついている。

 これは…床に突っ付していたみたいだ。

 さっきの心臓の痛み、さすがに普通じゃないな。

 起き上がろうとしたが体が動かない。

 どうしようまずいな。救急車を呼ぼうか。


 俺は救急車を呼ぼうとしたが、繋がらない。

 ふざけるな、電話が繋がらないなんてどういうことだ。

 頑張って体を起こすしかないか。

 俺は思うように動かない体を起こし、少し休んでから外へ出た。

 そこまで離れていないところに総合病院があるんだ。そこまで辿り着けば…。


 俺はしんどそうにフラフラと歩いている。しかし道行く人達はこんな俺に目もくれない。

 冷たい世の中だ。そうだ、誰も彼もが俺の敵なんだ。俺が苦しむのを楽しんでいる。


 やっとの思いで総合病院へ着いた。

 受付の人に話しかける。


 しかし、誰もこちらを見ない。

 ……無視?


「あの、あの!すみません。聞こえてますか?」


 何度声を張上げてもこちらには見向きもせず、他の患者の対応をしている。

 俺は通路を歩いている看護師にも声をかけたが無反応。スタスタと歩いていってしまう。


 どうなってる、どうなってやがる!


 俺は他の患者にも声をかけたが誰も彼もが無反応だ。


 誰も、俺の声が届いていないのか?

 俺はしばらく病院中をさまよい歩いた。

 誰か、誰か。


 もしかして、あいつらか?!あの元同僚たちの手によって、この町の人々が全員で俺を無視しているというのか?

 そんな馬鹿な話があるか。


 普段一切他人と言葉を交わさないのに、今日ばかりは、誰かと言葉を交わしたかった。

 そうでないと、俺は…俺は本当に孤独になってしまうじゃないか。


 一度病院から出て、道行く人々にも声をかけてみた。しかし同じく無反応。

 徐々にこの状況に腹が立ってきた。

 そんな時だった。


「おい、そこのお前。」


 どこからか声がした。

 はじめは俺に対しての声ではないと思ったが、誰かが前方からこちらに向かって歩いてくる。


 黒いスーツを着た、細身で黒髪の女性のようだ。

 誰だ、会ったことなど無いぞ。

 吸い込まれそうなその真っ黒い瞳からは、何の感情も読み取れない。


「こんなところで何をしている。早く行くぞ。」


 その人はそう言いながら俺の手を力強くグイッと引っ張ってきた。

 なんて冷たい手なのだろう。


「な、なぁあんた誰だ。なんで皆俺の事を無視するんだ。なんなんだ、どうなってんだ。どうなってんだよ。これも全部あいつらの仕業なのか?」


 俺は混乱し、手を引かれたままわけもわからずその人についていく。


「どこに行くんだよ。」

「行けばわかる。」


 その人の言い方はひどくぶっきらぼうだが、そういえば人と会話をするのはいつぶりだろうかと思った。


 前の仕事を辞めてから、俺は他人と関わらず会話もせずに生きてきた。それが心地良かった。

 しかし先程、病院で全ての人に無視された。俺の声は届いているのかいないのかもわからない。

 俺の存在など初めから存在しないような、そんな急な孤独感に襲われた。あの心の空虚感。すごく気持ち悪かった。

 けれども今こうして、誰かは知らないが人と会話ができた。


 とてつもない安堵感。

 こんな風に感じたのは初めてだ。


 俺は連れられるがままについて行く。

 やがて前方に、大きな川が見えてきた。

 こんなところに川なんてあっただろうか。


 その川の向こう岸は淡く白んでおりはっきりと見えない。

 俺は悟った。自分の今の状況を。

 そして怒りが湧いてきた。なぜだ、なぜ俺だけなのだと。


 あんなにも辛く悲しい思いをして、俺だけこの川を渡って、あいつらはのうのうと今日も明日も生きていくのか?


「おかしいだろ俺だけなんて!なぁ!」

 俺は怒鳴り散らした。

「安心しろ。」

 しかしそのスーツの女は、そう一言放つだけだった。





「アパートの一室で、遺体が発見されました。死亡してから既に1ヶ月程経過しているとみられます。遺体は腐敗が進行しており、身元の確認を行っているとのことです。」


「次のニュースです。昨日、〇〇会社の社員食堂から火災が発生しました。消火が遅れ、火は建物全体に燃え移り、社員10名が死亡。また、20名以上が意識不明の重体とのことです。」













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ショートショートXIV「独毒」 北ノ雪原 @kitanosetsugen

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