第2話 現場の混乱

私は朝、5時半に出勤した。

先ずは夜勤者から状況を聞き取りを行った。


「利用者への説明は、どうすればいいですか?」


高齢者の朝は早い。

夜勤者は、通常であれば6時頃から起床介助に入る。


しかし、発生フロアの全利用者は居室内での隔離指示が出されていた。


やがて早番、日勤、遅番が出勤してきた。

「どうすれば良い?」「利用者への説明はどう説明すれば良い?」

「食堂には連れて行ってはいけないのか?」「誰が食事介助に入るの?」

「お風呂は?」「トイレに行きたいって言っているけど、誘導していいの?」

「委員会はある?」「会議は中止?」


職員が来るたびに、こうした声が次々と飛び交った。


出勤者が全員そろったところで、情報の統一を図るため申し送りが行われた。

だが、限られた時間の中で全ての情報を1つ1つ確認するには、あまりにも時間が足りなかった。

想定外の事態も次々と発生し、その都度、臨機応変な対処が求められた。

そんな状況の中で、職員同士の不満や不安も次第に高まっていった。


職員はフロアをまたぐ移動は原則禁止。

緊急を要しない会議は延期となった。

基本的に、終日居室対応とされた。


トイレ動作が自立している利用者にはポータブルトイレを設置。

食事介助が必要な方へは各職員が個別に対応。

入浴は中止され、清拭対応へ切り替えられた。

そして、感染者対応を行う職員は1日固定とされた。


この「感染症対応の固定」が現場をさらに混乱させた。


快く引き受けてくれる職員もいれば、そうでない職員もいた。

指示に対する理解と認識のズレは、どうしても生まれてしまう。


ある職員が、ブツブツと文句を言いながらオムツカートを押し、感染フロアへ向かっていた。

声をかけた。


「どうしました?」


「このフロアのオムツ交換、まだ終わっていないみたいなんですよ!もう!」


その時、廊下に感染者対応の職員がいたので、私はさらに声をかける。

「オムツ交換が終わっていないって聞きましたけど、感染者もこれからですか?」


その職員は不思議そうな顔をした。

「感染者は、もう終わっていますよ。私は今日、感染者対応なんで!」


どうやら、「感染者対応=感染者のみの介助」と勘違いしていたようだった。


感染対策上、「感染者対応=感染者のみ」の対応が理想であることは分かっている。

だが、それを実現するには、通常の配置に加えて職員を1名増員する必要があった。


すでに濃厚接触者として出勤できない職員も多く、欠勤者も増えていた。

そんな中で、職員を1名増員するのは現実的ではなかった。


そこで、感染フロアを担当する職員には、先ず非感染者の介助を優先的に行い、最後に感染者の介助をするよう指示を出した。


急遽、全利用者・全職員のPCR検査が実施された。


その日の終業後、全職員に向けて、新たに決まった対応や情報をLINEで一斉に発信した。

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