穏やかな公爵

 傷もすっかり癒え、アセス達も回復し終えてる状態なのを確認してエルクリッドはゴーグルをつけて布団をきちんと畳み部屋を出る。

 二日ほどはまともに動けず、昨日までは立つのも難しくといった状態だったが今日はまだ歩けるのもあり、しかし鈍っているような感覚には苦笑して中庭にいたノヴァとシェダと鉢合わせた。


「エルクさん! もう歩けるんですね!」


「おはよーノヴァ……って、あれ?」


 駆け寄るノヴァの笑顔に癒やされつつエルクリッドはふと、彼女の腰にぶら下がるカード入れに気がついて目を向け、それに気づくノヴァも両手でカード入れを持ってエルクリッドに見せつける。


「アヤセさんに教えてもらって、ちょっとだけカード使えるようになりました!」


「そうなんだ! すごいねノヴァ」


 自分が動けない間にノヴァがあまり顔を見せないとは思ったが、理由がわかりエルクリッドは安堵の笑みをこぼす。それを見つつ中庭から廊下へとシェダはあがりつつ、何をしていたかにも触れた。

 

「ってもヒーリングとプロテクションだけなんだけどな。他使えるのがないか今試してたとこだが……」


「リオさんとタラゼドさんは?」


「カード買いに行ってる。この後話し合いがあるから、その間に済ませようって……あ、話し合いの事は聞いてねぇのか」


 うんうんと頷くエルクリッドは朝方にリリルが言っていたことを思い返しつつ、シェダから話し合いなるものについての詳細を聞く。


「十二星召達の会議……って程ではねぇけど、その、お前の事とかで情報共有しておこうってなったみてぇなんだ。まぁ全員参加ではなさそうだし、俺らは準備終わるまで自由時間ーって言われてよ」


 情報共有の為の話し合い。火の夢の事等についてというのはエルクリッドにも想像がつき、ノヴァが手を握ってくるのに心配ないよと答えながら自分の思いを明かす。


「あたしはまだまだ弱い……自分の事もわかってない、それを知れるなら聞く意味はある、と思うんだ」


「いい心掛けだもわ」


「ありがとう……って、ん?」


 自然に入ってきた合いの手の言葉にエルクリッド達は何者かの存在を感じて辺りを見回し、こっちこっちと呼ぶ声に反応し中庭に目を向けると横にも縦にも大きくてつぶらな瞳の立派なひげを生やす老人が立っていた。

 黄色を基調としたぱつぱつの服は気品があり身分の高さが伝わり、ニコリと彼は微笑みを見せると自然と敵ではないとエルクリッド達に伝わり肩の力が抜け、そこへアヤセの声が響く。


「メビウス様! いらっしゃったのならお迎え致しましたのに」


「これはアヤセ殿、久しいもわ……おっと、友人の口癖がうつってたな、失礼した」


 慌てて駆けつけるアヤセが頭を下げ、メビウスと呼ばれた人物もそっと中庭から廊下へ上がろうとするも、梁の部分に頭をぶつけてそのまま転倒し鈍臭い印象をエルクリッド達に与える。


「だ、大丈夫ですか……?」


「うむむ……火の国の屋敷は少し狭いな」


 少し赤くなった額を触りながらメビウスはノヴァに答え、そして改めて目を合わせると微笑み、それからエルクリッドを見下ろし君が例のと口にし改めて名を告げた。


「申し遅れた。わたしはメビウス・フェルザー、風の国のリスナーだ」


「えと、あたしはエルクリッドです! それとノヴァと、シェダ……メビウス、様って確か……」


「察しの通り十二星召の一角を任されてるよ」


 十二星召が一人メビウス・フェルザーはこれまで出会ったどの十二星召よりも穏やかで、優しい印象が強く伝わる。そして彼の名前はシェダもノヴァも知っている名前であり、エルクリッドももちろん記憶にある。


(風の国の公爵にして師匠にリスナーの基礎を叩き込んだ大師匠……こんなとこで会えるなんて……)


 風の国シルファスは水の国アンディーナと火の国サラマンカと国境を持つが、その間にある険しい山々が壁となり行き来するのが難しい土地であり、多くの情報は入ってこない。

 だがその中で十二星召の二人、筆頭たるデミトリアと公爵メビウスの名はエタリラ全土に轟いており、双璧と言われ生きる伝説と化している人物だ。


 しかし伝説というにはあまりにも穏やかすぎる雰囲気のメビウスの笑顔には緊張感はなく、流石のアヤセも苦笑気味にメビウス様と前置きしてから意見する。


「あなた様は素晴らしいリスナーなのですから、もっとしゃんとしていただかないと……」


「わたしはこれでもしゃんとしてるつもりだよ。君らが逆に力が入りすぎているんだ、もちろん気持ちはわかるけれどね」


「それはそうですが……」


 優しさに満ちた言葉遣いは戦意を削ぐかのようで、自然と癒やされてしまう。ただ強いだけではない包容力のようなものがあるとエルクリッドは感じながら、十二星召達のやり取りに耳を傾け続ける。


「それで、此度の会議の参加者は? 風の国からはわたしだけだ」


「はい、こちらにいるエルクリッド達とその仲間である水の国の騎士リオ様とタラゼド様の五名。十二星召はメビウス様以外ですとニアリット様、リリル様、そしてワタクシとなります」


 ふむ、とヒゲを触りながらメビウスは参加者達の情報を頭に入れるとのっしのっしと廊下を進み始め、そして何もない所でこけて盛大に身体を壁にぶつけながら振り返って笑みを見せた。


「話し合いはいつもの広間かな?」


「え、えぇそうです。ですがまだ準備が……」


「構わないよ。それに歩くのがわたしは遅いからね、先に行っておかねば」


 そう言ってメビウスは廊下の角を曲がって姿を消し、しかしその後も何度か転倒しているらしく大きな物音がしてエルクリッド達は何とも言えぬ空気に包まれる。


「え、えーと……アヤセさん、師匠とか来ないんすか?」


 なんとか空気を変えようとシェダがアヤセに問いかけ、えぇと返しながら中庭に彼女は目を向け眼鏡を光らせながらぷるぷると身体を震わせ、手を強く握り締めながら怒気を放ち始めた。


「クロスさんは遅刻、カラードは密造カードの処分をしてるから忙しいと言い、イスカもエルクリッドとバエルの戦いの地で見つかった地下の調査があると断られました。セレファルシア様はアセスとするノヴェルカ様が地の国から出たがらないので致し方ありませんが、ハシュは生徒指導で忙しいといって代わりにリリル様を派遣し、クレスの奴は賢者ヒガネ様の所に来てるのにも関わらずサボりです……全く、十二星召という誉れある名を持つというのに半数も集まらないなんて……!」


 不参加の者達を知るエルクリッド達からすると、容易に想像がつきそれにアヤセが怒るのも無理はないと思い苦笑い。そこへ買い出しを終えたリオとタラゼドがやってくると、その後ろから着物を着たアヤセの部下が膝をついて報告を伝える。


「アヤセ様、ニアリット様がご到着致しました事を報告します。広間の準備も完了しました」


「わかりました、では待合室にいるリリル様共々ご案内してください。エルクリッド達はワタクシと共に」


 頷いて応えたエルクリッドらを連れてアヤセは広間へと歩み始め、これから始まる会議にエルクリッドは緊張しつつも深呼吸をし肩の力を上手く抜くのだった。

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