紙一重の差
ようやくその頂に届いた。そんな気がして歓喜に心が満ちかけるも、全身全霊を込めた一撃にスパーダが限界を迎えその鎧が砕け散りそちらに意識が向く。
「スパーダさん!」
「エルク……まだ、です……」
カードに戻るスパーダを受け止めつつ、エルクリッドは最後の言葉からバエルの方に向き直り、腹を抑えながらも立ち上がる彼の姿に驚くしかなかった。
「なんで……どうして……!?」
ドラゴニックレイブは攻撃力を極限まで高め、一撃必殺を可能とする強化スペル。それを用いた上で詠唱札解術をし、オーバーブレイクによって残りのアセスをブレイク状態へ追いやったのは確実である。
仮に立てたとしてもバエルのアセスは全て戦闘不能状態のはずだと思いたかったが、ふと、エルクリッドはドラゴニックレイブの前にバエルがアセスフォースを発動していたのを思い出し、答え合わせをするようにバエルが色彩を失った老魔術師のアセスのカードを見せつける。
「アセスフォースでプルートの力を使った。こいつは、アセスフォースの対象とした時、自身を含むアセスをブレイク状態とする事で次に使うアセスの召喚もしくはカードの魔力消費を減らす事ができる……マーズ以外のアセスを全てブレイク状態にして使った」
「だとしても、あんたのアセスは……」
「真化したアセスは、直接撃破しない限りはブレイク状態とはならない。よって、オーバーブレイクは空振りとなって俺への負担はサターンとプルートの分だけ、という事だ」
一部のカードでブレイク状態にした場合、リスナーへの衝撃は最小限で済むことがある。
あの一瞬でエルクリッドの狙いを察したバエルが自らのアセスをブレイク状態とした事で被害を抑え、狙いを空振りに終わらせたという事実には呆然としかけるも、それでもバエルが消耗してる事実には変わらないと気持ちを切り替え、スパーダのカードをしまう。
「普通の相手ならあれで終わっていた。そして俺もお前が詠唱札解術に慣れていないからこそ、カードを使うのが間に合った……紙一重の差だ」
ぶっつけ本番故に僅かに迷いがあった、魔力の収束に時間がかかった。それは瞬き程の刹那だが、命運を分けた結果となりリスナー同士の戦いの恐ろしさというものをエルクリッドは思い知るはめとなってしまった。
負けてしまうのか、そう思いかけるも手を強く握り締めて最後のアセスを引き抜き、バエルもまた結果的に最後となるアセスを引き抜く。
「あたしは、負けない。あんたを越えたい……先に行く為にも、真実を知る為にも……!」
その言葉を受けて、バエルは深く息を吐いてエルクリッドを捉え直し、二年前から相対してきた彼女の成長を感じつつ魔力を昂ぶらせ風を呼ぶ。
「
風が炎を呼び、炎が大火を作りやがて顕現するは紅蓮の王妃たる美しくも残酷にして強大なる火竜ファイアードレイクのマーズ。召喚され地に足をつくと同時にギロリとバエルを睨みつけ、次いでエルクリッドを捉え吐き捨てるように炎を漏らす。
「
「愚痴は終わってから言え」
冷淡に返すバエルにマーズは舌打ちで返し、相対するエルクリッドはマーズを前にして手が震える事に気がつき深呼吸を繰り返す。
恐ろしい相手であるのも、敵わない相手というのもわかっている。だが諦めないと心に誓ったと思いを確かめ、その思いをカードに込めて相棒を呼ぶ。
「赤き一条の光、灯火となりて明日を照らせ! 行くよ、ヒレイ!」
熱風と共に炎を作り、それを切り裂き顕現するはファイアードレイクのヒレイ。以前はサレナ遺跡で共闘した火竜同士だが、今回は敵同士であり力の差はヒレイもすぐに感じながらも翼を広げ臨戦態勢へ。
「小童が妾に敵うとでも?」
「生憎、俺達はお前のような奴を倒して先に行くつもりなんでな」
リスナーとアセスは共に戦う。重なる思いの強さを感じ取ったマーズは、バエルの好敵手クロスと彼のかつての相棒の姿を重ね見て舌打ちし、翼を広げ火の粉を撒き散らしながらヒレイを敵と認め臨戦態勢となる。
「よかろう……妾の手でそのくだらん思い諸共焼き尽くしてくれる!」
二匹の火竜が相手に向かって威嚇の咆哮を上げ、それだけで曇天に包まれ天地が揺れた。
刹那、ヒレイが先制攻撃とばかりに炎を吐きつけ、マーズは避けることなく指先に黒い炎を呼ぶとそれを放ってヒレイの炎を貫かせ、危険を察したヒレイはすぐさま飛んで避けると黒い炎は遠くまで飛び、やがて大爆発を起こしその威力の恐ろしさを示す。
(ただの炎であれだけの攻撃力……食らえば、終わり……!)
戦慄しながらもエルクリッドはカードを引き抜き、ヒレイもまた臆する事なく頭上から炎を吐くもマーズは受けても微動だにせず、フンと鼻で笑うと一瞬で飛翔しヒレイの上を取り振り向くのに合わせ尻尾を頭へ叩きつけ地上へと落とす。
「小童共は永遠に地を這いつくばって頭を上げ妾を崇め奉れば良い、天上に君臨する火竜は妾のみ……このマーズだけだとその身に刻むがいい」
身体を起こすヒレイに豪語するマーズは自意識過剰であれど、それだけの力があるのは間違いないとエルクリッド共々認めざるを得ない。
直接相対するとよりわかる、文字通り次元が違いすぎる強さというものを。
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