エルクリッドの狙い

 強靭な腕が繰り出す鋭い一撃に穿かれたセレッタであったが、流れ落ちる血が滴る事なくムーンの腕をそのまま縛りつけ、刹那に水溜りから鋭い水の槍がいくつも発生しムーンを刺し貫く。


 プロテクションの効果が切れた瞬間を突いての捨て身の攻撃を避ける事は叶わず、念押しとばかりにセレッタはさらに刺さった水槍を弾けさせ内部からムーンの半身を吹き飛ばす。

 かたやアースの方はゆっくりと身体をくっつけ再生しつつあったものの、流石に心臓を穿かれてるのもありセレッタは力尽きる。


(麗しのエルクリッド……僕にできるのはここまでです、申し訳ありません)


(ありがとうセレッタ。休んでて)


 動揺なく凛とした様子のエルクリッドにセレッタは満足そうに消滅してカードへと戻って彼女の手元へ、ムーンもまたカードとなってバエルの所へ戻り、互いにアセスが受けた傷の反射が襲いかかり軽く口から血を流す。


(まずは一体……あたしがバエルに勝つには、確実にアセスを撃破してくしかない)


 アセスを撃破されるとリスナーはアセスが負った傷と同じ衝撃を受け、その部位が傷つく。だがそれとは別に、魔力を消耗する。

 それはバエルとて同じ事であり、また再生能力もリスナーの魔力を使う事で発動するのもあり、安易に使うものでもない。


 実力の差はまだ開きがある。しかし、エルクリッドが勝つにはバエルを消耗させ魔力を削りに削るという方法でなら倒せる見込みはあった。

 もっともそれは彼に切り札を出させないという計算込みであるのと、バエルもすぐに読んでくるのは織り込み済みなのだが。


(消耗戦に持ち込むか……だが以前よりアセスの力も増してるとなれば、様子見はこのくらいにして切り替えないとな)


 契約するアセスが多くとも、それを全ての戦いで出せるわけではない。何より自身の切り札たる紅蓮妃竜マーズは真化したアセスであるために、常人の数倍の魔力を持っていようと消耗していればバエルであっても召喚するのは難しい。


 エルクリッドの狙いはそこにある。バエルのアセスの多さはあくまでも対応力の高さ、相手に合わせる選択肢の多さであり、実戦で召喚するのは普通のリスナーと同じくせいぜい四体か五体が限度で、それ以上はアセスが撃破され魔力の消耗が激しくなれば召喚できたとしても能力やカードの使用に支障があると。


(あたしが勝つにはマーズを出させる前に倒すしかない、その為には……)


 圧倒的な力を持つマーズとの真っ向勝負は今はまだ無謀とエルクリッドはよく理解し、確実にバエルの手札を削る事を考え実行していく。

 セレッタがやられてしまったものの計画の内、冷静に現在の状況を分析しながら次のカードを引き抜いた。


「スパーダさん、お願いします!」


 黄金の風を吹かせながら威風堂々と現れるのは金色の鎧纏う幽霊騎士スペクターナイトのスパーダ。賢者ヒガネの手により鍛え直された剣と鎧は見た目こそ変わらないが以前より強化され、伝わるそれを感じながらバエルもまた合わせるように立ち上がるアースをカードへと戻す。


(ヒガネの手で強化されてるとなれば、アースでは少々辛いか)


 エルクリッドの狙いが見えた以上は無理に戦わせるよりはと判断し、バエルもカードを抜くのを考える。


 それだけ力の差は以前に比べ埋まっているのは明白、しかし、エルクリッドはそこで油断せずより気を引き締めスパーダも大剣を構えながら神経を研ぎ澄ます。


「ウラヌス、仕事だ」


 バエルはデュオサモンせずに召喚するのは所々は破損した白き鎧を纏い、大小異なる剣を持つ剣士である。その名前と共にスパーダは正体を見抜き、エルクリッドへ忠告を促す。


「エルク、相手は私やディオンより遥か昔に数多の伝説を持つ剣士ウラヌスです。油断なさらぬようお願いします」


「うん、わかった」


 スパーダを通してより詳細な情報がエルクリッドに伝播し、今は名前すら失われた英雄の一人と改めて知る。

 二刀流の戦士のアセス相手自体は経験こそあるが、剣に能力があるのかどうかや、本人が魔法を扱えるかどうかなど多様性があり、ウラヌスがどういった戦士なのかは未知数だ。


 一方、スパーダの事はバエルに知られてこそいるが、賢者ヒガネの手で武器と鎧を鍛えられており、新たに得た力を使い戦えば勝機はある。


 二人の戦士が腕を上げて切っ先をお互いに向け合い、刹那に手を引くと同時に駆け出し最初の激突と共に鍔迫り合う。が、スパーダはウラヌスが長剣の方のみで鍔迫り合っていると気付いて素早く身を引き、短剣で貫かれるのを回避しつつウラヌスの実力を推し量る。


(あの剣……数多の魔物を切り捨て魔剣と化していますね。切られれば、この私の身体も切られるでしょう)


(それじゃあ守りを固めないとね。盾は使う?)


(いえ、先程の感じであれば盾を持ったところですぐに弾き飛ばしてくる実力を持っています。古き英雄ほどお伽噺のような伝説を持つといいますが、それに違わぬ実力を持つようです)


 完全に避けたつもりが、スパーダの鎧には微かに切り傷がつけられていた。そしてウラヌスの剣は幽体を切り裂く魔剣と化しており、本人の実力も相当なものと。

 だが予想してないわけではない。この日に備えてエルクリッドはあらゆる可能性を考え抜き、カードを選び、戦略を叩き込みながらシェダ達と手合わせし助言を受け洗練してきた。


 まだ戦いは始まったばかり、焦る必要はない。エルクリッドの冷静な様子にバエルは静かに闘志を燃やし、カードを引き抜く。

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