相対する

 かつて神殿があったその場所に残るのは風化した土台があるのみ。そこに佇むのは腕を組み火竜の星座を背負う仮面のリスナー・バエルは、先に到着していたノヴァ達の方には目を向けずじっとし、やがて近づく快活な足音と気配を察し腕を解いて前を見る。


「お待たせ。大事な人に挨拶して遅れた」


「構わん」


 走ってきた事もありエルクリッドは少し息を切らしていたが、すぐに呼吸を調えつつちらりとノヴァ達の方に目を向けてからバエルを捉え直し、ゆっくり前へと進む。


(約束通り研ぎ澄ませただけではなく、迷いもない、な)


 凛とし落ち着いた様子のエルクリッドの姿を見てバエルは彼女の状態を察する。万全の状態の上に心の迷いもなく、戦いに挑む姿勢ができている。

 かつて戦った好敵手の姿と重なる所はあれども、まだそれ程の力がないとはわかっている。しかし、バエルは目の前にいる若きリスナーが確かな成長を遂げていると理解し、左右の腰に下げるカード入れの留め具を外して臨戦態勢へ。


 エルクリッドもまたバエルと程よい間を置いた位置についてカード入れの留め具を外し、深呼吸を一度して心を静かにする。そして魔力の滾りが風を逆巻かせ、臨戦態勢となると共に両者の間に風が流れた。


 多くの言葉はいらない。外野も介入してはならない、今、二人が互いに相手を倒すべき相手として認識し、風が止むと共に同時にカードを切る。


「仕事の時間だよセレッタ!」


「デュオサモン、アース、ムーン」


 エルクリッドの先鋒は水馬ケルピーのセレッタ、バエルはデュオサモンによる同時召喚で人狼ワーウルフのムーンと、赤く明滅する溶岩の身体を持つゴーレム・アースを繰り出す。


 蹄を中心に水流を発生させ身に纏うセレッタは静かに闘志を燃やし、エルクリッドもまたバエルのアセスの分析に入る。


(ムーンって奴はもう何度か見てるから実力はわかるとして……アースってやつは溶岩のゴーレムだね。水に弱そうだけど、溶岩の身体は火と地の二つの属性も持つからどれだけ効くかはわからないね)


(アースの方はともかく、ムーンの動きに関しては予想がついています。接近させないように迎撃し、麗しのエルクリッドに勝利を!)


 人狼ワーウルフのムーンは素早い攻撃と身のこなしとを兼ね備える強力なアセス。だが接近戦主体というのはわかりきっているので近づかせないようにしつつ、スペルなどの支援で遠距離に対応する事は想定せねばならない。

 かたやアースの方は情報はなく、ゴーレムが素材によって特性が変わることと、溶岩で作られた場合は火と地属性の二つの属性を持つのは知識としてある。


 セレッタでどう戦うべきかとエルクリッドが考えている間にセレッタが攻めに出た。纏う水流を浮かべるとそこから無数の針として一気に飛ばして攻撃開始、すぐにムーンが俊敏に動いて避けながら接近し、アースも身体を丸めるように両腕で防ぐ動作を見せ対応してきた。

 そこからエルクリッドはカードを引き抜き、冷静に状況を見つめながら戦いの流れを構築し攻めに出る。


「スペル発動アクアチェーン!」


 エルクリッドのスペル発動に合わせセレッタもまた水の壁を作り出してムーンの行く手を阻み、構わず突っ込み爪を突き立てんとするも眼前で爪は止まり、アクアチェーンの水の鎖によりその身を縛り上げられ動きを封じられる。

 刹那、そのまま追撃はせずにセレッタはアースの方へ意識を向け、重厚な歩みで動き始めたゴーレム相手にどう対応するかを思案し様子見とばかりに頭上から水の槍の雨を降らせ攻め続けた。


(これでどのような能力かはわかるはず……)


 先程の針と違い槍となれば貫通力は上昇しアースの防御能力なども押し測れる。水の槍がアースに直撃し刺さるが、深くは刺さらずそのまま蒸発し水蒸気が広がりながらアースの歩みは止まらず、想像以上に硬いのだと分析する。


(エルクリッド、貫くには少々魔力を使わねばならないかもしれません)


(ううん、溶岩なら冷やせば硬く、温めれば柔らかくってだけだと思う。今は硬くなって動きは遅いはず)


(ならば先に倒すべきはもう一体ですね)


 アースを無理に相手にするよりはムーンを倒すべきとセレッタは判断し、アクアチェーンを力づくで引きちぎらんとするムーンへさらに水を纏わせ水球へと閉じ込め動きを奪う。


 だがまだバエルはカードを切ってはいない。舐めているのではなく、こちらの能力を分析しながら采配を考えているのは明白だ。

 どう対応してくるのかはまだわからない、だがエルクリッドは恐れず攻め続けんと強い意思を目に宿し、セレッタも呼応して嘶く。


「行くよセレッタ! スペル発動アクアフォース!」


「スペル発動ビーストハート」


 ここでバエルも動いた。セレッタが強化スペルを受けた瞬間に同じく強化スペルを使い、目を光らせたムーンが力づくで水球を破壊して脱出し一気にセレッタに爪を振り下ろす。

 水の壁を瞬時に作り防ぐも難なく切り裂かれセレッタも首を飛ばされる、が、それは水で作られた分身であり身体ごと水となって溶けると、ここまでの攻防で足下に広がっている水溜りを伝ってセレッタがアースの背後を取るように現れ水気を一気に集め一点に収束する。


「スペル発動プロテクション」


 淡々とバエルがプロテクションのカードを使い、だが構わずセレッタは収束させた水を細い筋として放ち、振り返ろうとするアースの身体を足元から上へ薙ぎ払い切り裂く。

 と、その際にプロテクションの薄い膜がなかったことから守られたのはムーンの方と悟り、二つに分かれるアースの後ろから間合いを詰めたムーンライトが姿を見せ、一気にセレッタの胸を貫手で穿つ。


 

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