名前の意味

 エルクリッド達がシリウスと話している内に遺跡に吹き込む風と砂が増え、次第に天気が荒れていくのが感じられた。


「ツール使用、オーガの盾」


 咄嗟にシェダがツールカードを使用し、どんっと大きな音と共に出入口前に現れるのは重厚にして巨大なオーガの盾だ。非常に重く持って扱うのは難しいが、障害物として利用する使い方もできる。


「とりあえずこれで少しは風と砂は入らねぇと思うが……すぐやみそうにねぇな」


 街までの距離を考えると砂嵐の中を進むのは危険が高い。シェダの意見にはエルクリッド達も同調し、次いでシリウスもまた致し方ないと口にしほんの少しだけ肩の力を抜く。


「ここは城で言えば上層にあたる。奥には玉座の間と王の私室があるだけで、あとは砂の下だ」


「魔物の気配は今のところはありませんが、念の為に結界は張っておきますね」


 指先に光を呼ぶタラゼドが結界の準備に取りかかるとエルクリッドはゴーグルを上げて口布を取り、大きく息を吐くとそれをじっとシリウスが見ているのに気づき少し引く。


「な、な、何よ」


「……いや、以前もそうだったが、似ている者を思い出して、な」


 イリアの神殿にて初めて出会った際にシリウスは少し驚きを見せていたのをエルクリッドは思い返し、そこから何となく浮かんだある名前を口にする。


「スバル……あたしの、お母さんの名前……」


 表情をほとんど変えずにいたシリウスの目が一段と大きく開き、その反応にはエルクリッドも同じように目を大きくする。


「そうか、やはり……」


「お母さんの事を、あなたは知っているの? 知っているなら、教えてほしい……教えて、ください」


 納得した様子で背を向けるシリウスにエルクリッドが一歩前へ出て思いを伝える。自分の母が何者なのか知りたい思い、優しき愛情を注いでくれた母が本当に悪魔のような錬金術師ネビュラに手を貸したのか、何が真実かを。


 オーガの盾に砂がコツコツと当たる音だけがしばらく響き、エルクリッドがゆっくり口を開きかけるとシリウスは振り返り、目を合わせ答えを告げる。


「スバルは我が妹だ。一族の反逆者……許されざる所業を行った、ただ一人の肉親だ」


「反逆者……」


「だが君の反応を見るに、スバルはもういないのだな」


 怒りとも悲しみとも取れる感情がシリウスの眼差しに映り、それはエルクリッドも感じつつもどう受け止めていいのかわからずにいた。


 シリウスが人間によく似た種族というのは以前の出会いでリオが察して見抜き、そしてそれはエルクリッドもそうだと暗に示す。

 だが種族云々は問題ではない。シリウスが口にした反逆者という言葉、そして許されざる所業を行ったという言葉の方がエルクリッドにとっては深く突き刺さる。


(お母さんは、本当に……?)


 朧気ながらある母の姿に邪悪さなどはない。だが今この時になって知る母の面影には闇しかない。


 思わずよろめきかけるエルクリッドをリオがすぐに支え、目を細めながらもシリウスが何者なのか、以前感じ見抜いた事も踏まえ口に出す。


「あなたはエルフ族、ですね。そしてエルクリッドも、同じく」


 静かにシリウスは頷き、その名前にエルクリッドも体に力を入れ一人で立ち直る。


 エルフ族。古より存在する神の代行者とも言われた種族であり、現在では伝説とされる程に希少化した種族だ。

 それがシリウスでありエルクリッドであると、それにはノヴァが一番驚き目を丸くしシェダもマジかと言葉を漏らす。


 数秒ほどの間を空けてからシリウスはエルクリッドを見つめ、潤む眼差しながらも事実を受け入れようとする彼女の姿勢に応えるように、その言葉を伝えた。


「エルクリッドとは、人間の言葉に翻訳するならば灯火という意味、あるいは、希望」


「灯火……希望……」


「そうか……スバルはあの頃から変わったのか。そうか……」


 名前の由来を口にしたシリウスが目を閉じ穏やかな表情を浮かべつつ、一人何かを納得し目頭を抑える。

 エルクリッドもまた名前の由来を聞いて胸に手を当て、シリウスの反応も踏まえ母スバルが与えてくれたものが偽りではないと、闇ではないと感じ目を瞑り深呼吸をして落ち着く。


(灯火……希望……お母さんは、あたしに……)


 エルフの血が流れていること、火の夢との関わりの可能性、シリウスとの関係、それらを結ぶ場所にネビュラがいる。真実も、また。


 そして、そうした自分の抱える秘密とは別に、強くなりたいと願った事も変わりはないと。



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