どうして

白川津 中々

◾️

 娘が死んだ。

 今年で四歳になるはずだった娘だ。


「産まない方がよかったかもね」


 そう言う妻に、かける言葉が見つからなかった。涙すら零せない彼女の心情を推し量る事できず、二人になった家の中で澱んだ空気を吸うしかない。そう、家だ。家が、よくないのだ。遺品の整理もせず全てそのまま。まったく変わっていないのに、娘が生前よく抱きついていた猫のぬいぐるみなどが急に異物のように思えて不気味だった。処分しようにも妻がなんと言うか。いや、きっと「捨てちゃおうか」と静かに一言落とすだろうが、思考する力さえ消失しているから、本当に彼女の意思かどうか分からない。俺が言ったから、他に何もできないから、思い出もなにもかも機械的に処理しようとしてしまうだろう。だから結局、持ち主不在となった玩具を散らかしておくしかないのだ。


 そんな家に帰りたくなかった。

 かといって一人で飲むわけにもいかったし、道徳上なるべく妻の側に寄り添ってやらねばならなかった。ただ、娘がいない、欠けてしまった家族は、酷く、気持ちを鬱屈とさせた。


「別れようかな」


 ふとそんな言葉が飛び出す。まったく外道で、血の通わない声だったように思う。

 なにもかもどうでもよくなりそうだった。一人になれば会社も辞めて、酒ばかり飲んで死んだっていいのだ。そうすればどれだけ気が晴れるか。朧げで覚束ない意識の中、生きているのか死んでいるのか分からないままにいたい。もう、疲れてしまった。それは妻もきっと同じだろう。互いにもう一緒にいる意味もない。娘のいない家族など、もはや……


「どうしてだろうな」


 どうして、死んでしまったのだろう。俺でも妻でもなく、どうして娘だったのだろう。あの子さえ生きていてくれたら、他はもう、何も要らなかったのに。どうして。


 時間だけが、無為に過ぎていく。

 娘のいない時間が、ただ、ただ……



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