死に呼ばれて——

五來 小真

死に呼ばれて——

「わたしなんて生きる価値ないんだわ——」

 ビルの屋上で、女はボソッとつぶやいた。


「——それはまた大した判断だ」


誰もいないと思っていた女は、その声にギョッとした。

 声のした方を見ると、黒いローブを着た男がいつの間にか立っていた。

「急に現れて、あんた何なの?」

「君らが言うところの、死神ってやつだよ」


 女は男を値踏みした。


「コスプレね。――せめて鎌ぐらい持ったら?」

「それは違う部署の死神だな。私の部署は、基本鎌は持たない。所持の許可とるのも面倒だしな」

「わたしに構うってことは暇なのね」

「逆だよ。君が死のうとするから呼び出されたのだ。いい迷惑だ」

「——迷惑? 死神って、人の死を喜ぶんじゃないの?」

「……単なる仕事だよ。死のうとする人間が出ると、仕事が増える。仕事はないと困るが、あればいいってもんじゃないのは、人も同じじゃないのかね?」


 それを聞いて、女は小さく笑った。


「死神にまで迷惑かけてるのね、わたし——。やっぱり生きる価値なんてない」

「面白い考え方だ。生きる価値とはなんだ?」

「人を助けたり、楽しませる人がいるじゃない——」

「それは人の間での話だろ? 人の中だけでの話ではないか。むしろ他の生物にとってとか、地球規模で役に立つとかそういう視点でなくていいのかね?」

「……」

「他の生き物に比べ、人は多くの生態系を破壊する。他の生き物からすれば、人は等しく迷惑な存在だろう」

「そんなのわかんないよ。ただわたしは人にとって、誰にも役に立たなくて迷惑なだけ」


「——その基準もよくわからんな」

「アイドルとか凄いじゃない。多くの人に希望を与えている」

「一方で嫌われてもいるようだが、そこはいいのか?」

「……誰かの役に立ってるなら、それは良いんだと思う」


「——なるほど。だとするなら、介護でもすれば君の基準に適うのではないか?」

「介護? そんなの誰でも出来るじゃない。もっとわたししか出来ない――」

「随分と欲深だな。最初のセリフの基準から随分ズレているように思える。そんな特別な人間でないと我慢ならんと?」


「——どうして死ぬのを邪魔するの? あなた死神でしょ?」

「それで仕事が増えるからだよ。せめて明日にしてくれないか?」

「はぁ? そんな理由?」

「むしろ君の死ぬ理由も、その程度のものだろう」


 男の言葉に、女はしばらく考えた。


「——明日の何時なら迷惑にならない?」

「明日なら何時でも良い。明日は非番なんだ」


「そう、なら今日はやめとく」

 女は去りかけたが、男の方を振り返った。


「休みは明日だけ?」

「——いや、二日ある」


 女は3日後にまた死のうとしてみようと考えた。

 そしたらきっと、この男が現れるのだろう。

 

 <了>

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死に呼ばれて—— 五來 小真 @doug-bobson

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