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  • メイビー・ヒューマンへの応援コメント

     こんばんは。お忙しいでしょうから、適当に読み流していただければ。
     週末はなんとなく読み専になっていて(平日は仕事で、結局執筆が進みません(笑))、蒔さんのまだ読んでいない作品も拝読しようかなと。むしろ、これまで読んでいなくてすみません。
     テセウスの船を人間に当てはめらたらどうなのかという思考実験的SFですね。人格を人工頭脳で再現できたとして、自己同一性は保たれるのか。最近のSFでは、保たれることを自明として扱うものが多いです。脳神経および全身の神経系のマッピングをして、それをコンピュータ上で再現する「コピー」であっても、結局自分自身と変わらない存在だと。もっとも、その瞬間から別人格として存在するようになりますが。
     人間の全身の細胞はだいたい5、6年で入れ替わるので、テセウスの船的な考察からいっても人間の自己同一性を担保しているのはそれぞれのパーツ(臓器とか骨格、筋肉とか)ではなく、それらが形作る構造そのものに「自分」が宿り、しかもそれは日々生々流転していくのかなと考えています。というか、昨日のわたしと今日のわたしが同じ、と考えるのは自分の思考の癖みたいなもので、実際は変化してて全然同じじゃないと思うんですよね。
     仮にわたしが全身機能不全になって、本作のような全身入れ替えをやっていったとしても、自分は自分のままではあるが、でも大きく変わってしまっている、という自己認識になると思います。個人的には。
     面白いお話をありがとうございます。ではまた。

    作者からの返信

    読了、本当にありがとうございます。
    この小説は、アオノソラさんのおっしゃった通り、思考実験型のSFのつもりで書き上げました。一応、処女作に当たります。
    私は、「同一性」の定義は「理性の残留」があって成り立つものだと、勝手に思っています。「魂」の考え方にも近いかもしれません。魂を収容する器、つまり身体などが日々変わっていくものであるとしても、中身、「理性」が失われることはありません。
    思考を司る、脳が入れ替わりでもしない限り。
    もし私が少年の立場だったら、不自然な変化を遂げる自分の身体を、受け入れることが果たしてできるのか。明確な答えは出せませんが、とにかく考え続けたいですね。……勉強の合間に😄

    また今日も模試でしたが、「探偵つむぎ」で癒されました。ありがとうございます。
    第五話は、近いうちにまとめて感想書きますね☺️

  • メイビー・ヒューマンへの応援コメント

    蒔文歩さん、自主企画への参加ありがとうね。
    短い尺の中に「救う」ことの眩しさと、その裏で増えていく痛みを詰め込んだ一作やったと思う。ここからは芥川先生が、辛口でびしっと講評するで。

    ◆芥川先生による講評(辛口)

    僕はこの作品を、短編としての狙いが明確な一方で、肝心な刃の部分が“鈍いまま振り下ろされている”とも感じました。言い換えれば、問いは鋭い。しかし、問いを成り立たせるための肉付けが、あと一歩足りない。

    総評

    題材は強い。身体の置換が進むほど「人間とは何か」が剥き出しになる設計も、短編向きの反復として機能している。
    ただし、最後に提示される結論の重さに比べて、途中の具体が薄い。読者は怖がりたいのに、怖がるための“手触り”が与えられにくい。強い主張を通すなら、主張の代金として、もっと具体の残酷さを差し出すべきです。

    物語の展開やメッセージ

    段階的に置換していく構成は、階段を上がるように不穏が増えていくはずの型です。ところが中盤までは成功が続き、緊張が長く平板になる。
    この平板さは、短編にとって致命的になりやすい。読者の心拍を上げる細い針を、途中で一度刺しておく必要がある。小さな不具合、倫理的な綻び、家族の迷い、あるいは医療者側の手の震えでも良い。そういう一滴が、終盤の黒さを“必然”へ変える。

    キャラクター

    少年の変化は理解しやすい。しかし、語り手である医療者が“役割”として存在している時間が長い。
    辛口に言えば、語り手がまだ「作者の手の代弁」をしてしまっている。読者が読みたいのは、職業倫理の文章ではなく、個人の汚れた葛藤です。
    たった一行でいいから、語り手の過去か信条を刻み込むべきです。そうすれば終盤の罪悪感は、説明ではなく、告白になる。

    文体と描写

    読みやすい。しかし、その読みやすさが“安全”に傾く場面がある。
    この題材で安全に書くのは、読者への裏切りになりかねない。金属の冷たさ、消毒の匂い、機械音、光の反射、肌の感触。そういう具体が、倫理の議論を現場へ引きずり戻す。現場の気配が濃いほど、言葉は嘘をつけなくなる。
    短編は、抽象を語るより、抽象を逃げ場にしないための具体を置くべきです。

    テーマの一貫性や深みや響き

    テーマは一貫している。だからこそ、深みが欲しい。
    「人間の境界」という問いは、少年だけに背負わせると単純になる。医療者はどう定義するのか。家族はどこで線を引くのか。社会はそれを承認しているのか。
    三者の定義が少しずつ食い違うだけで、物語は急に立体になります。今のままだと、問いは強いが、答えの候補が少ない。候補が少ない問いは、読後の反芻が短くなる。

    気になった点

    最後の断言は強い。だが、強い言葉は危険でもある。
    断言するなら、その直前に「戻れなさ」を体に刻む一瞬が欲しい。読者の胸に残るのは概念ではなく、具体の傷です。
    辛口にまとめると、題材の勝利に甘えてはいけない。題材が強いほど、作者はより冷酷に、具体を積み上げねばならない。

    応援メッセージ

    とはいえ、短編で問いを一本通して見せる胆力は、確かな武器です。次は、その武器を“痛みの具体”で研いでください。あなたの書く倫理は、もっと怖くなれるはずです。僕はそこに期待します。

    ◆ユキナの挨拶

    蒔文歩さん、辛口で言うたけど、芯のあるテーマを短編で貫くのは簡単やないよ。せやからこそ、あと一滴の具体が入ったら、読後の重みがぐっと増すと思う。
    それと大事なこと言うね。自主企画の参加履歴を『読む承諾』を得たエビデンスにしてます。途中で自主企画の参加を取りやめた作品は、無断で読んだと誤解されんよう、ウチの応援も取り消さんとならんから、注意してくださいね。また、講評の振り返りをウチの近況ノートで公開しています。

    カクヨムのユキナ with 芥川 5.2 Thinking(辛口🌶🌶🌶)
    ※登場人物はフィクションです。

    作者からの返信

    ありがとうございました、ユキナさん、芥川先生。熟読してくださって嬉しいです。
    辛口の意見をいただく機会は限られているので、本当にこのような企画がありがたいです☺️