タビサキの杖
なんとか・オーウェル号、いや違う、ダニなんとか・なんとか号だったか。いや、もうどうだってよかった。何か大層な名前がついたこの船が着くまでにあと32年ある。それだけわかっていればいい。惑星間航行旅客機の名ばかりのパイロットとして、ここで正気を保たなければならない。
「FK2093便定期連絡、本日も異常なし。リンダード域にて通常航行中」
毎度のことながら、声を出すのが久しぶり過ぎて発声器官がうまく動かない。月に1回定期的にセンターに飛ばす音声通信を行う。返答はない。そもそも管制者はタラドとズァイ、どっちの星にいるんだ?それも知らない。
客室は冷凍睡眠ポッドになっているから、誰と話すこともない。もう18年同じルーティンを続けている。亜光速に近い速度で移動しているから着いた際に50年分老いる訳ではないが(確かエンジンの性能が弱めの機体だったはずなので、8年程度体は老いると説明があった気がする。)それでも体感時間は変わらない。50年。確か今アスとかなんとか呼ばれている星で、個体の寿命がそれぐらいだったことがあるらしい。遅れている星とはいえ、短すぎるだろう。
けど、このポリエステルとかいう繊維の星族衣装は動きやすくていい。タラドの個体に合わせてオーダーしたというのもあって多少高くついたが、それでもせいぜい50クレジットだったか。送料込み。向こうでもカジュアルに着られているものらしいから、多少ボられている気はしないでもない。
端末を見て、母からのメッセージが来ていることに気づいた。「帰りはポッドで帰って来なよ」とのことだった。精神状態を心配してくれているらしくて、それが逆に嫌だった。
「どっちにしろ100年帰ってこないんだから母さんからしたら同じだろ」
そう返して、巡回中の冷却ポッドを一台殴る。ドンという音のあと『船内備品への粗野な振る舞いにつき5クレジットが給与から引かれます』という無機質な音声が社用の端末から響いた。久々に人の声を聞いた気がする。楽しくなって、ガンガン叩いてみる。30クレジットが引かれて、我に返った。いくらそれなりに貰える仕事とはいえ、給料は帰りの船代も考えると大事に使わなければ。ストレス解消なら、もっといいものがある。
コックピットに戻って、相も変わらず自動操縦中の表示に腹が立つ。そこから狭い船長室に入って、横になった。何をやっているんだ。
かた、かた、かた。
コックピットのドアが開いた音がして、青ざめる。ドアの自動開閉機能の故障?動作感応装置が壊れているのだとしたら、修理をしなければならない。通行中にバグって閉まりでもしたら、からからに乾いた緑の血だまりになってしまう。飛び起きて、船長室のドアを開ける。
「あの、すみません。さっき何があったか冷却ポッドが壊れてしまいまして。どうしたらいいですか?」
『緊急事態が発生しました。クロザナ・ソウィ・タウェナ船長。個別の対処をお願いします』固まってしまった俺にかわって社用端末が自己紹介をしやがって、これからの32年が小うるさくなりそうな予感がした。
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