閻魔さまもムシできない
渡貫とゐち
第1話
「ね、眠いわ……」
「閻魔様、寝ないでください。次の死者がお待ちになっていますので」
「うっさいわ、左大臣」
「私は右大臣です、お間違いのないようにお願いします」
大仰な椅子に座り、目の前の机に肘を置いているのは赤い長髪の女性だった。
死者に行き先を告げる閻魔様――、スタイル抜群で、若く見える容姿である。
実際の年齢は……。
言わずもがな、想像している数十倍だろう。
そんな彼女の左右に立つのは黒服執事(風)の格好をした双子の男。
左右に立っていながら左右対称ではなく、右側の特徴が揃っており、瓜二つだ。
正面から見ると、揃っていることが違和感として残ってしまう。
普通、左右対称に、鏡映しにするべきなのだが……。
「え、左にいるから左大臣なのでは……?」
「死者から見て右側――私が右大臣です。
まったく、なんど間違えれば気が済むんですか、あなたは」
「知らんわ」
双子の弟の方――左大臣は閻魔様の右側に立っている。
脊髄反射で呼ぶことが多く、間違ってしまうのも仕方ない。
双子で瓜二つでありながら、見た目にまったく差を作らない彼ら双子にも非があるのだが……、見分けさせる気がまったくないのだろうか。
「じゃあ、右大臣。……仕事多過ぎもうむりよーっ!」
「むりよー、じゃないんですよ。やってきた死者たちの行き先は……天国か地獄か、あなたにしか決められません。
いいから決めてください――それがあなた様の……閻魔様のお仕事でしょうが」
「じゃあ全員、地獄行きで」
「鬼ですかあなたは」
「閻魔なんですけど? ……だって……見なさいよ。なっがーく並んでるこの列、もうほとんどが、昆虫じゃん!!」
カサカサ、と距離を詰めてくる。
並んでいる死者たちは、虫ばかりで……、見える範囲には虫しかいなかった。
遠くの方まで目を凝らせば、やっと虫以外の生命体が見えるのだけど……。
魚、などなど……。
そりゃあ、人間以上に死ぬ生命ではあるが。
「虫、魚、鳥……ばっかり!」
「同じく生命体ですからね。人間だけが生命ではありませんから」
「そうだけどっ、それでも部署を分けるとか、やりようがあるのではなくて!?!?」
「閻魔様、繰り返しますが……天国行きか地獄行きか、決められるのはあなただけなのですよ」
彼女にしかできない仕事である。
そのため、全ての生命の行き先は閻魔様の裁量で決められてしまう。
……単純な好みで行き先を決められていないだけまだマシか。
それにしても、昆虫である……個人の――否、個別の行き先を決めたいのだが、さて、害虫は地獄行きが適切なのだろうか?
迷う閻魔様であった。
害虫自体が悪いわけではない……だろう?
「ねえ、左大臣はどう思う?」
「ん? はい?」
「ダメだ、こいつは横で立ってるだけだったわ……」
「弟は役に立ちませんよ」
「じゃあなんでいるのよ……、並んだ時に傾くからかしら?」
正面からの見映えはいいが、しかし閻魔様からすれば、彼がいることで左右が分からなくなるのだ。右大臣ってどっちだっけ? は、意外とストレスが溜まる……。
「はぁ……」と大きな溜息を吐いた、ところで――――見つけた。
「あら?」
「どうしました?」
「ずっと奥に……その…………おんな、の子……?」
閻魔様が見つけたのは、久しぶりの、人間だった。
#
「あらー、どうしたのー? 死んじゃった? かわいそーにねー」
「小さな子供に言うべきことではありませんね」
左大臣は隣で大あくびをしていた。……寝ていないだけマシか。
寝ないのは当たり前である。
……そう思わせているだけで左大臣としては失格ではあったが。
「あ、う……えんま、さま……?」
「うん、えんまだよー」
「威厳がありませんね」
「元々ないでしょ。威厳があるならあんたはもっとあたしを敬うはずだもの!!」
右大臣、左大臣はなんとも思っていないだろうが……死者たちは、やはり閻魔様を敬う気持ちがあるはずだ。隣にいる男共がおかしいだけである。
証拠に、死んでしまった女の子は、身を縮こまらせて怯えてしまっている。
そんな状態でも、言いたいことをはっきりと言える子だった。
「――えんまさまっ! わたしを、天国にいかせてほしい、ですっ!」
「うんうん、いいよー」
「軽過ぎますって。閻魔様、もう少しこの子の生前の行いを評価してから、」
「黙れ、殺すぞ」
「えぇっ!?」
本気の殺意を向けられ、右大臣がなにも言えなくなった。
……なめられていても、やはり上司と部下である。
「天国にいかせてあげたいけど……うーん……右大臣の言い分も理解できるわ……一理ある。――というわけで、お話をしましょ。あなたの生前のことを知りたいなっ」
「うん、えんまさま……あのねっ、わたし――」
長々と。
長蛇の列をさらに増やしてもなお、ふたりの雑談が続く。
段々と盛り上がっていく雑談の終わりが、いつまでも見えなかった……。
あんまり待たせると、死者たちが倒れてしまうのでは?
既に死んでいるのであり得ないとは思うが……、そう思わせるほどには、長い長いお喋りだった。
どうして女性はこうも話が長いのだろうか。
顎を伝って落ちる汗を手の甲で拭い、右大臣が溜息を吐いた。
これだから女は。
……閻魔様を女性、と分類してしまっていいのかは悩みどころだが。
「あの、閻魔様、そろそろお時間の方が……」
「へえ、そうなのねー……ん? なに? 楽しい会話を邪魔するなら、おまえをまず地獄へ落とすけど?」
「横暴ですって!」
「なら黙って立ってなさい。……ごめんねー、続きを話そっかー」
「うんっ、そのときにね、お母さんがね――」
小さな女の子と閻魔様の雑談。
結局、その長話は一日を終えても終わることはなく……。
……閻魔様、分かりやすい仕事からの逃避である。
「あの、閻魔様……先送りにしても仕事はなくなりませんからね?」
「知ってる……知っちゃってる、はぁ。……害虫はみんな地獄行きでよくない?」
「あなた、テキトーな仕事ばかりしてると罰が当たりますよ?」
今後は、彼女を――
閻魔を裁定する閻魔様が必要になってくるかもしれない。
・・・ おわり
閻魔さまもムシできない 渡貫とゐち @josho
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