第4話 いざダンジョンへ

「羽の生えた小さな女の子の魔物……? う~ん見てないわね……」


 住宅街を歩く妙齢のマダムにものを尋ねてみた俺だったが、思ったような反応は得られなかった。


「そうですか……。ありがとうございます」


「その子も魔物なの?」


「えっ……?」


 話を切り上げ早々に立ち去ろうとすると、マダムが俺の後ろのケルに目を向ける。


「あ、はい。ケルベロスのケルって言うんです。人は襲わないんで大丈夫ですよ」


「そう……。最近、魔物が外に出るのが多くて物騒でね。あなたたちも気をつけるのよ」


「はい、お気遣い感謝します」


「不動さ~ん!!」


 他の場所へと聞き込みに向かおうとした時、遠くから俺を呼ぶ声が響き渡る。

 振り返ると、猛ダッシュでこちらに走ってくる美玖だった。


「ピクちゃんの場所わかりました! 何でもこの近くにあるダンジョンに逃げ込んだらしいです」


「ダンジョン!?」


「はい! 早速、連れ帰りに向かいましょう!」


「えっ!? ちょっ、待っ!」


 こちらの反応などおかまいなしに美玖は、俺の腕を掴むと勢いよく引っ張っていった。



***



 住宅街の空き地にポッカリと開いた小さな穴。何でもこの先が魔物ひしめくダンジョンとのこと。

 そんな説明を、この穴のそばにいたダンジョン対策課の職員に俺たちはされていた。


「ダンジョンに入られるのはあなたたち二人ですね? お二人はどこかギルドに所属されたりしていますか?」


「いいえ!」


 美玖が元気よく答える。


「お連れのあなたも?」


「あ、はい……」


 消え入るような声で、俺も同じく答えた。


「では、新規の冒険者ということで登録させていただきます。なお、こちらのダンジョンは最低ランクのGランクになりますので、今から挑むことも可能です。後ろのケルベロスはあなたの使い魔ですか?」


「えぇ、まぁ……。使い魔って言うのが正しいのか、勝手についてきてるだけですけど……」


 ケルに目をやりながら、俺は職員に話す。


「そのレベルの魔物がいれば、このダンジョンで命を落とすことはまずないですね。フロアボスもおらず小さなダンジョンですので、日帰りで踏破もできるでしょう。入場を許可します」


「よかったです! これで、ピクちゃんを連れ帰れますね!」


「うん……」


 ピクチャんと言うのは、逃げ出したピクシーのあだ名なのだろうか。

 威勢のいい美玖に対し、俺は渋い返事をする。

 まさか今日、人生初のダンジョンに挑むことになるとは思わなかった。


 煌びやかな人生など、とうの昔に諦めたというのに……。冒険者となり世界各地のダンジョンに挑み、思うがままの富や名声を得たいと言う夢。

 それが今日、再燃するとは思わなかった。まあ、と言っても今からするのは金稼ぎじゃなくて人さが……、いや魔物探しだけど……。


「何かあったらよろしくな、ケル」


 今の俺は昔の何も持たない凡夫ではなく、ケルがいる。

 職員の人も言ってたし、死ぬことはないだろう。


「ワン!」


 俺の問いかけに、ケルが盛大に吠える。俺たちは穴に入り、ダンジョン内部へと足を踏み入れた。



***



「うわぁ……! すっごいですね……」


 ダンジョンの中は同じ石壁が続く細い通路だった。

 前を歩く美玖が辺りを見渡しながら、口をぽかんと開けた様子で驚く。


「美玖ちゃん、ここはダンジョンだしあんま離れない方が……」


 言ったそばからだった。前方十字路の右から現れた二匹のゴブリン。

 二匹それぞれの手には、ナイフや棍棒のような武器が握られていた。


「あら? ゴブリンちゃんたちじゃない。ここにもいるんだ!」


「いや、美玖ちゃん。そいつらは……」


 美玖はゴブリンを見ても、ふんわりとした様子だった。


(美玖の奴、もしかしてこいつらが敵だと認識してない!?)


 普段、施設で魔物慣れしてるのが逆に仇となったか……。

 ゴブリンたちが美玖を視認した瞬間、彼らは鬼のような形相を浮かべる。

 今にも殺しにきそうな勢い。ゴブリンが猛スピードで美玖に向かって走っていった。


「はわわ……。どうしたの、そんな怖い顔をして」


 そのあまりの迫力に、美玖は腰を抜かしその場で尻もちをついてしまう。

 やれやれ、仕方ない……。


「助けてやれ、ケル」


 俺の命令を聞いたケルがすぐに美玖の元まで駆け寄ると、ゴブリンの頭を次々と踏みつぶし、火を吐くまでもなく魔物たちを簡単に退けた。


「あのさ、美玖ちゃん……。一応ここダンジョンだし、もうちょっと気を抜かずにいてほしいかも……?」


「はっ!? ごめんなさい! つい、施設の子たちと同じようにしてしまって……。不動さんがいなかったら、わたしどうなってたか……」


「あ、いや別にそんなすごく思いつめなくていいんだけど……」


 今の戦いを見る感じ、ケルがいれば俺たちがやられることはまずないだろう。

 美玖が変なことをしない限りは。


「とりあえず、美玖ちゃん。俺たちからあんまり離れないで……」


 俺が言い切ろうとした時だった。十字路の左からふらっと現れた小さな光。


 いや、光じゃない。よく見るとそれは羽であたりの光を反射した姿だった。

 それは人型でサッカーボールよりも小さな女の子。


「あ、ピクちゃん!?」


 美玖が声を上げるとピクシーがこちらに振り返り、俺たちと目が合った。

 俺はすかさず、美玖の前に手をやりさえぎる。


「待って! こいつが施設の奴とは限らない。うかつに近づかない方が……」


「あ、美玖じゃない! 元気してた?」


「やっぱ、ピクちゃん!?」


 ピクシーが羽をひらひらと動かし、美玖の前まで飛んでやってきた。


「もう心配したのよ、ピクちゃん! 何で急に施設飛び出したりしたの!?」


 少し怒った態度でピクシーに問い詰める美玖。


「えぇ、いいじゃない別に! あたしの気分なんだし。でもね、あたし出る前に手紙を書いて置いていこうと思ったのよ。ほらニンゲンの人ってそういうことするでしょ? でもあたし、字書けないから手紙置けなかった。キャハ!」


 キャハ! じゃねえだろう。何なんだ、この妖精は。


「ねえねえ美玖~、その隣にいる男の人って誰~?」


「えっ!? あ、この人は不動さんって言って今日、施設に来てくれた人で……」


「も・し・か・し・て~、彼氏ぃ~?」


「ち、違うわよ、ピクちゃん! からかわないで!」


「キャハハハ! 美玖、顔赤くして可愛い~!」


 何だこの、命のやり取りをする場所で繰り広げられる頭の悪い会話は。

 こんなガールズトークを聞きに、俺はわざわざ足を踏み入れたわけではない。


「あのさ、盛り上がってるところ申し訳ないんだけど。一緒に帰ってくれん? お前連れ帰る様に美玖ちゃんに頼まれたからさー」


「べえー! 何その口の利き方!? あたし、女の子にお前って言う人嫌~い! 絶対帰ってなるもんですか」


「なっ!?」


 この……、ク〇ピクシー! こちらの神経を逆なでやがって!

 じゃあ、何だ? アマとでも呼んだろか!? 羽毟りとって袋に詰めたるぞ?


「そんなこと言わないでよ、ピクちゃん。ね、一緒に帰ろ?」


「う~ん、どうしても?」


「うん、どうしても」


 押して押されての問答を繰り広げる美玖とピクシー。


「それじゃあさ、あたしの頼み一つ何でも聞いてよ。それ叶えてくれたら、帰ってあげてもいいよ~」


(ふ~ん、なるほど。それが狙いと言う訳か)


 このピクシー。会話はバカだけど、なかなかに狡猾な魔物だ。

 自身が施設に預けられてる重要な立場だと言うことを理解して、主に自身の要求を通すためわざと抜け出す。

 もし、本当に施設を出たいのであれば、わざわざこちらに顔を見せて交渉を持ちかけるようなことはしないだろう。


 さて、どんな要求をしてくるだろうか。もし、それがあまりにも無茶な要求だったら……。

 美玖には申し訳ないが、このピクシーを処することも考えないとな……。


 俺はケルに目配せをする。

 ケルも俺の考えを理解したのか、ゆっくりとまばたきをした。


「施設帰ったら、梨剥いてよ。あたし、梨食べたいわ」


 なるほど、梨か。確かにあれは上手いものだ。抜け出して、わざわざ交渉するだけのことはある。


 うん……?


「梨……?」


「えっ、ピクちゃん梨食べたいの!? それなら言ってくれたら、いくらでも剥いてあげたのに」


(何でも聞いてくれる頼みに、梨を使うのか……)


 梨なんてそこらへんのスーパーにいくらでも売ってるというのに。


「わ~い、やったぁ~!」


 そんな俺の呆れなど意に介することなく、ピクシーはご機嫌な様子だった。

 そしてすぐに、美玖とピクシーは踵を返すと、ダンジョンの入り口目掛け歩きだした。


 先程、俺はこのピクシーを狡猾だと言ったな。

 前言を撤回する。こいつはバカだ……!

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何故か異常に魔物に好かれる男のダンジョン珍道中 えるとん @eruton

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