第3話 練馬魔物預かりセンター

 都内にこんな緑が広がる場所があるとは思わなかった。

 俺は今、練馬区某所にある魔物を専門に預かるサービスの施設を訪れている。


 施設内はまるで牧場のように一面に原っぱが広がっていた。

 ゴブリンやハーピィなどの、普通に生きてたらまずおがめないような生物たちが縦横無尽にそこら中を駆け回る。


 連れてきたケルも……、ああケルっていうのは昨日仲間になったケルベロスにつけた名前だ。

 ケルもこの光景に物珍しさを覚えてるのか、興味津々な様子だった。


「そろそろ待ち合わせの時間なんだが……」


 昨日、掲示板で聞いた預かりサービスの場所はここだ。

 担当者がどこにいないか、俺はあたりをキョロキョロと見渡していた。


「キャー!!」


 その時だった。甲高い女性の悲鳴が施設内に響き渡る。

 直後、前方からバタバタと何かがこちらに向かって走ってくる音。


「あれは?」


 向かってくるのは若い女の子だった。高校生ぐらいだろうか?

 黒い髪をポニーテールに結んだ、まだあどけなさの残る可愛らしい容姿をした少女。

 作業着なのか薄水色のつなぎを履いており、走る姿は紺のTシャツの上からでもわかるほど大きく揺れ動くほどグラマラスなスタイルが際立つ。


「ブベッ」


 何かにつまずいたのか少女は顔面から転げ落ちた。

 その上に見える大きな影。倒れた少女を見下ろしていたのは人の背丈は優に超える巨躯な生物、オークだった。

 オークは蔑みな笑みを浮かべ、ジワジワと少女に距離を詰めよる。


「ヒ、ヒィ……」


 それを見て思わず、おびえた表情で尻を地面につけたまま後ずさりする少女。


 何かまずい状況じゃねえか? このシチュエーション、薄い本で散々お世話……、いや違う! 履修してきたものにそっくりだった。

 二次ならともかく三次の襲われはさすがにまずいな……。しょうがない。


「ケル、助けてやれ」


 俺が命じるとケルの口から炎が放たれ、すぐにそれがオークの体に直撃する。


「グオォ」


 炎に包まれたオークが苦しそうに悶えると、逃げるように少女の前から走り去っていった。


「あの、大丈夫ですか?」


 ほっと胸をなでおろした様子の少女に俺は尋ねる。


「あ、ありがとうございます! あの子、興奮すると急に追いかけまわし始めるんです」


 明るい声で元気に返事を返すと、少女は勢いよく立ち上がった。


「あの昨日掲示板で話した方ですよね?」


「はい、不動って言います」


「わたし、このセンターを営んでる星川美玖って言います」


 星川と名乗った少女は、律儀にもフルネームで俺に自己紹介した。

 どうやら彼女は、この施設を経営しているらしく……、うん?


「経営!?」


「はい! あ……、と言ってもこの施設を立ち上げたのは両親なんですけどね!」



***



 オークを退けたケルと俺は、彼女についていって施設内を見回っていた。

 歩く道すがら彼女からいろんな話を聞けた。


「なるほど……。両親がいろんな事業を立ち上げる実業家で今は海外で暮らしていて、美玖さんが一人日本に残っているんですね」


「敬語じゃなくていいですよ! 不動さんの方が年上だし、さんはつけなくても。あ! でも、ちゃん付けで呼んでくれたら嬉しいかもでーす!」


 そう言って、美玖はニコっと笑った。


「そう? じゃあ美玖ちゃんって呼ぶわ」


 美玖ちゃんと話して色々わかったことがある。

 彼女はとてもお金持ちの娘で、都内の名門女子高に通いながらこの施設で魔物たちの世話をしているということ。

 ここにいる魔物のほとんどが、召喚系のスキルを使う冒険者の使い魔で人間に危害を加えることがなく。召喚士に呼ばれるまでの待機場所として、この施設が作られたということ。


 そして、何よりも大切な事。それは、美玖ちゃんが純真でまるで天使のように可愛いということだった。


「うわぁ! ちょっとスラちゃん、いきなり飛びつかないで」


 膝を落として世話をしていた美玖に、青い液状の魔物スライムが彼女の胸に飛び込んだのだ。


「もう、ビチョビチョになっちゃったじゃない服……」


 目のやり場に困る。現役女子高生のシャツが濡れ、ピチピチに胸が強調された姿は。

 でも美玖は、そんな俺の邪な考えに気づく素振りも見せず、スライムを優しく地面におろすとシャツの裾を握り水を絞った。


「でも一人で世話するの大変じゃない?」


 俺は美玖の目を見て話す。首から下に一切の視線を動かさずに。


「そんなことないですよ! むしろこの子たちがいるおかげで寂しくないので!」


 そう笑顔で話す美玖だったが、その表情はどこか物悲しげな様子。


(大変なんだな……)


 てっきり金持ちのボンボンで悩みなんてない物だと思ってたが、彼女には彼女なりの苦労がありそうだった。


「あれ?」


 そんなことを考えると、ふと美玖が声を上げる。


「一匹いない……」


 美玖は今、サッカーボールと同じくらいの小さなサイズの女の子に羽が生えた魔物、ピクシーの相手をしていた。

 十数匹近いピクシーがキャハハハと嬌声を上げながら飛び交う中、美玖はキョロキョロとせわしない様子で辺りを見回す。


「どうしよう、あの子。大事なお得意様から預かってきた子なのに……!」


 慌てふためき、独り言を話す美玖。


「何かあったらどうしよう。この施設も終わりじゃない……!」


 美玖がわめき泣く中、何故か一瞬俺は彼女と目が合う。


「誰か一緒に探すの手伝ってくれる相手いないかしら!」


 やっぱり偶然ではなかった。チラッチラッと交互にこちらに飛んでくる視線。


「あぁ、どこかにいないかなぁ!? 魔物の扱いに理解があって、何かあっても退ける力ある人間が!」


 俺は気づいた。この女、確信犯だな。


「あの、俺手伝いましょ……」


「本当ですか不動さん!!」


 その瞬間、新幹線が通過するスピードよりも早く美玖が俺の手を握った。


「ありがとうございます! 早速わたし、近所の人に聞き込みに行ってまいります!! 不動さんも後から来てくださいね?」


 美玖はそう言うと手を放し、そそくさと俺の前から走り去っていった。


「何か、忙しい休日になりそうだな」


 美玖が去り、一人残された俺がぼやくと


「ワン!」


 それに反応するように、ケルが大きく吠えた。

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