第28話 エピローグ~星くずとポラリス~
「由梨乃! 先週ぶり!」
東京と大阪という遠距離にも関わらず、ほぼ毎週のように顔を合わせている現実に、私は少し気が遠くなりつつも、かれんと手を合わせた。
大学生になった彼女は、制服を着ていた頃よりも美しい。会う度に、目を細めてうっとり見惚れるほど。
本当に芸能界に入る気はないのかと問えば、「あんたまでそんなこと言うの」と、嫌な顔をされる。
アイドルのことになるとフットワークが異様に軽いかれんとは、大学一年の頃から直接会う機会も多いが、もうひとりの親友とは、もっぱらテレビ通話でのやりとりが多かった。
進学直後は、入ろうとしていた漫研が、諸事情で活動停止していたことにショックを受けていた千里子だったが、念願の漫画家デビューを果たし、連載準備中である。そのため引きこもりが加速しており、帰省の度に私が外に連れ出している。
「いよいよね」
今日は外村くんの所属する、+1starのドームツアー、大阪公演初日だ。デビューして三年で、ドームを埋めるだけの動員数が見込めるようになったのが、早いのかどうなのか。わからないし、興味もない。
私にわかるのは、外村くんが自分の決めたとおりのアイドル道を進み、人気者であり続けているということだけ。
もちろんそこには、人知れず努力する、普通の男の子である彼がいることも知っている。
「せやなあ」
ぽろりと飛び出した言葉に、かれんは笑った。
「すっかり大阪人になっちゃって」
照れ笑いする私は、彼女と連れ立って会場に入る。
若い女性だけじゃなくて、ちらほらと家族連れや男性の姿もある。客席内は熱気に包まれていた。
今はまだ、誰もいないステージを見つめる。
外村くんの夢の通過点だ。
最終的に目指すものがどこなのか。お姉さんが生きていた頃は、デビューだけを求めていた彼だけれど、今はどうなんだろう。
雑誌のインタビューやラジオ、テレビでのトークはひとつも見逃していない自信がある。でも、そのときどきで彼の言葉は変わるから、よくわからない。
そんな彼の発言を、心ない人は「やる気が感じられない」「デビューがゴールだったんだ」と叩くかもしれない。
ただ、私は思う。
彼は本当に、最終目標を決めていないのだ、と。最初から目標を定めていなければ、達成して燃え尽きるということもない。
外村くんが求めるのは、デビュー前も今も、「アイドルであること、あり続けること」、ただそれだけなのだ。
私にとって、彼は北極星だ。
道を示し、進む勇気をくれる、最も大切な、指標となる星。
一番星として真っ先に姿を現すわけでもなく、一等星として圧倒的な輝きをもつわけでもない。けれど、なくてはならない、私たちを照らす星。
対する私は、名もなき星くずだ。
ファンというのは個人名じゃない。集団に与えられた名前だ。特別な友人の「田川由梨乃」という存在から、ただのファンになるということは、群衆に埋没することと同じだと思っていた。
でも、違うんだ。
明かりが消えて、ペンライトが灯された光景を眺めて思う。
私という存在はちっぽけでも、外村くんがアイドルでいられるのは、私たちファンがいてこそのことなのだ。高校三年の春に彼を知り、彼を追いかけ続けてきたからこそ、ようやく気がついた。
外村くんにとって私たちが、私が、北極星でありたい。小さく、決して明るいとはいえなくても、色とりどりに、そう、今揺れているライトのように、照らしていきたい。
私はもちろん、外村大地のメンバーカラーである黄色に灯して、周りに合わせて振る。
光の波の一部になっても、彼は見ていてくれる。彼は信じてくれる。
私がこの光の中にいること。ずっと見守っていること。
あの日の恋はいつか消えても、繋がりは決してなくならない。
BGMが鳴り止み、デビュー曲の前奏が流れる。一瞬の沈黙ののち、爆発する歓声は、新たな星を生む力になる。
力いっぱい声をあげ、手を叩き、うちわを振って、私はあなたの道しるべになる。
「大地ー!」
名を呼べば、マイクを手にした彼が、こちらを向いて微笑んだ。
そんな気がした。
(了)
めっちゃ好っきゃねん! 葉咲透織 @hazaki_iroha
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