【幕間:ルナーシュの休日】
学園から与えられた自由行動日。アデル、リリス、マリアの三人は、ルクシア郊外の街――ルナーシュへと足を運んでいた。
朝の光に照らされた石畳の街路には、軽やかな賑わいが満ちている。
市場には野菜や香草、魔獣の干し肉や果実酒が並び、あちこちから売り声が響いていた。通りの片隅では、子供たちが布ボールを蹴って遊び、笑い声を響かせている。
「あの子たち元気だね。ああやって遊んでた頃が、少し懐かしいかも」
リリスが微笑むと、マリアは静かに頷いた。
「日常って、こういうことを言うのでしょうね。……少し、眩しいです」
「授業や訓練が続くと、こういうのが恋しくなるな」
アデルの言葉に、二人もうなずいた。
通りを歩いていると、白い石造りの建物――教会が目に入る。尖塔の先に取り付けられた金色の十字が、陽光を受けて輝いていた。
「寄ってみる?」
リリスが言い、三人は静かに教会の扉を開けた。
中は厳かな雰囲気に包まれていた。天窓から差し込む光が、祭壇の魔法水晶に反射し、淡い虹色を広げている。壁には精霊たちの祝福を描いたフレスコ画があり、訪れる者を静かに迎えていた。
「……ここでは、誰もが願えるのですね」
マリアがそっと手を合わせた。
アデルも同じように目を閉じる。特別な信仰心はないが、ここに来ると不思議と心が落ち着いた。
しばらく静けさを味わった後、三人は再び街へと戻る。
そこからほど近い場所――広場の角にある立派な建物。それが、冒険者ギルド《グラン・エンブレム》だった。
「うわー、ここがギルド……想像よりずっと大きいわね!」
リリスが目を丸くする。
ギルドの建物は二階建てで、石と鉄で頑強に作られていた。出入り口には剣士、魔導士、弓使いなどさまざまな装備を身につけた冒険者たちが談笑している。入口の掲示板にはクエスト依頼書がびっしりと貼られており、受付前には順番を待つ列もできていた。
「見て、あれ。討伐依頼かな。“デスグリフォン”って……あれ、結構上級の依頼じゃない?」
「うん。あのクラスの依頼を受けられるのは、Bランク以上の冒険者だな」
アデルが目を細めて掲示板を眺める。受付には、渋い顔をした受付官が、分厚い魔法帳に記録をつけている。
「私、ギルドってもっと荒くれ者ばかりかと思ってました。でも……皆さん、規律があるように見えます」
「冒険者も、プロだもんね」
館内にはカフェスペースもあり、革のソファに座って地図を見ている老齢の魔導士や、賑やかにダイスを振っている弓兵の一団もいた。
「……将来、ここを拠点にするかもしれないって考えると、ちょっとワクワクするな」
アデルがぽつりと呟き、マリアとリリスも静かに頷いた。
ギルドを出た後、三人は市場の通りへ戻った。
石畳の両脇には、揚げ魚の串焼き、ベリーの甘酢漬け、ふんわりとしたハーブパンなど、屋台の香りが競い合うように漂っている。
「アデル、これ! “ルナーシュ風揚げチーズ団子”! 絶対美味しいから!」
「……おい、押すなって!」
リリスに引っ張られるようにして、アデルは屋台の列へと並ぶ。
ひと口かじれば、表面はカリッと、中はとろけるように柔らかいチーズと香草が舌を包んだ。
「うま……」
「でしょ!」
マリアは、隣の屋台で買った赤い果実酒を小さな陶器のカップで飲んでいた。
「アルコールではありませんが、果実の酸味と甘さのバランスが絶妙ですね」
「ねぇ、見て見て!あそこの服屋、ちょっと可愛くない?」
リリスが駆け出すようにして指差したのは、石造りの外壁に蔦が絡まる、こぢんまりとした
店の前には季節ごとの新作を並べたマネキンが数体、軽やかな風に揺れていた。
「そんなに急がなくても……リリスって、本当に街に出ると元気になるんですね」
マリアは苦笑しながらも、リリスの後に続いた。
「まぁ、息抜きだしな。今日はゆっくりしていこう」
アデルも歩調を合わせ、三人は店内へと入った。
柔らかなランタンの光が天井から降り注ぐ店内は、整然としたレイアウトに色とりどりの布地が映え、気品すら感じさせた。奥には冒険者向けの機能性重視の服も並べられている。
「うーん、こっちのコートも良いけど……マリアにはこっちの方が似合うかも!」
リリスは濃紺のショートマントを手に取り、マリアの肩に当てがった。
「……確かに。動きやすそうで、防御魔力の織布も使われているみたいですね」
「アデルは? いつも訓練服ばっかりじゃない?」
「俺? いや、服選びって苦手でな……」
「もう、せっかくの街なのに。ほら、このダークグレーのシャツとかどう? 似合うと思うよ」
リリスが軽く押し付けるようにして渡してきたシャツは、シンプルながら魔導繊維の光沢があり、どこか洗練された印象を与えた。
「……たまには、悪くないかもな」
買い物の流れで三人はそれぞれ一着ずつ新しい服を手にし、満足げに店を後にする。
次に訪れたのは、
扉を開けた瞬間、香草と魔素の混ざり合った香りが鼻をくすぐった。
「わ……見てください、このペンダント。魔力の流れを整える効果があるみたいです」
マリアが手に取ったのは、透明な水晶に細工が施された魔導ペンダントだった。
アデルもその横で、小さな携帯式魔力灯を手に取っていた。
「これは……簡易結界も展開できるのか。外出時には便利そうだな」
「おっ、こっちは……“空間収納式スプーン”? なにこれ、どんな冒険者向け商品?」
リリスが手にしたのは、収納時は親指ほどのサイズに収まる金属製のスプーンだった。
「まあ、買ってみても損はないかもね。こういうの、私好きだし!」
それぞれ一つずつお気に入りを手に入れ、再び街を歩く三人。
陽も傾き始め、淡いオレンジ色が街の石畳に広がる頃、リリスがくるりと振り返って言った。
「ねぇ、そろそろお腹空かない? 自由行動の時行ってみたかったお店があるのよね!」
「お、リリスおすすめってことは、けっこう期待していいのかな?」
「うん! 名前は《ローザ・カンパーナ》っていうカフェレストラン! 隠れ家的な雰囲気で、料理も美味しいって噂!」
街の南側にある小道を進んでいくと、路地の奥に古びた木造の看板が現れた。
緑の蔦に囲まれたその店は、確かに目立たない場所にあるが、その外観には温かみと落ち着きがあった。
中に入ると、香ばしい香りが三人を迎える。
内装は木を基調としたナチュラルな雰囲気で、ランタンの明かりが琥珀色の空間を包んでいた。
「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」
店主の女性がにこやかに声をかける。三人は窓際のテーブル席に腰を下ろした。
「おすすめは、“星降るオムレツプレート”と“ルナーシュ風スープパイ”だって。あと、デザートもすごいらしいよ」
「じゃあ、それ頼もうか。せっかくだし、三人で色々分けよう」
やがて運ばれてきた料理の数々は、見た目にも麗しく、香りだけでも食欲を刺激するものばかりだった。
ふわとろの卵に包まれた「星降るオムレツ」は、魔力草の粒が星のように散りばめられ、光の加減で淡く輝いている。口に運べば、しっとりとした食感の中にチーズと香草の風味が広がる。
「……なにこれ、美味しすぎる……」
「ほんとだ、スープパイもすごい。中のブイヨンスープがとろっとして、魔獣の肉と野菜の旨みがぎゅっと詰まってる」
「こっちは……これ、甘酒とクリームを使った“月影のミルクプリン”? 信じられないくらい、まろやかでやさしい……」
時間を忘れて味に浸る三人。
ささやかな会話が行き交い、笑顔がこぼれる。
「こんな風にゆっくりできるのって……案外、貴重かもな」
アデルがぽつりと呟く。
「うん。だから、また来ようよ、こういう日も大事だからな」
「……ええ、時には剣や魔法を忘れるのも、大切なことですものね」
いつも戦いに身を置く彼らにとって、今日という日は何よりの“癒し”だった。
窓の外には、夜の帳が静かに降りていた。
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