【第十七話:光と闇】

 風が渦を巻く。

 マリア:サーペントが放った《烈風召陣(テンペスト・ヴェイル)》によって、アデルたち四人の身体能力と魔力の回転が飛躍的に高まっていた。


 「――いける!」


 アデルは剣を振り上げ、《閃撃斬(ライティング・スラッシュ)》を一閃。

 光の刃が影の獣を斬り裂き、直後に《闇閃斬(シャドウ・スラッシュ)》でその残骸を断ち切る。


 (光と闇の力……うまく制御できてる。けど……)


 胸の奥に、重みがのしかかるような違和感があった。

 均衡を保ちつつ魔力を循環させるには、高い集中と負荷が必要だった。


 「もう一本いきます!」


 マリアの手から放たれたのは、鋭く尖った竜の咆哮の如き魔法――


 「《竜牙断風(ドラゴン・ファング)》!」


 竜の形を模した真空の刃が影の獣たちを吹き飛ばし、空間を裂くように進撃する。

 立て続けに繰り出されるその風は、もはや風というより“牙”そのものだった。


 「《影穿閃(シャドウ・スティング)》!」


 アデルが地面から突き出させた闇の針が、逃げる影を串刺しにする。


 「《光刃連弾(ルミナス・ブレード)》!」


 続けてアデルの光の刃が上空から降り注ぎ、影の獣たちを一掃した。


 そのとき、敵の魔力が急激に減衰する――


 「終わった……!」


 リリスがそう呟いた瞬間、アデルの脚がわずかに揺らいだ。


 「アデル!?」


 マリアが即座に駆け寄り、肩を支える。


 「大丈夫……ちょっと、息が……」


 アデルの額には、冷や汗が浮かんでいた。

 光と闇、正反対の属性を繰り返し使用することで、精神と肉体の均衡に負荷がかかっていたのだ。


 そのときだった。


 「ふむ……君たちの成長、確かに興味深い」


 シリウス:ヴェルグレインが、まだ余裕を持った様子で歩み出る。


 「だが、私はまだ“本気”じゃない。君たちにそれを見せる必要もない」


 アデルたちが構えを取る中、シリウスは懐から一つの魔導珠を取り出した。


 「私が見たいのは、“境界の先”にあるものだ。学園という壁を壊し、その先に生まれるものを――」


 珠が砕け、空間が歪む。


 「来たれ、深淵の番獣――」


 シリウスの足元に、黒い陣が展開される。


 「《召喚・原壊獣(ゲート・オブ・ルイン)》!」


 中央にある赤黒い球体が砕ける。

 そこから現れたのは、6本の足と硬い甲殻に覆われた巨躯の魔導獣。

 鈍色の眼が、無感情に周囲を見回す。


 「っ……なんだあれ……」


 「……あれは、魔物なのか……!」


 「君達には、それは止められないだろう。せいぜい足掻くがいい」


 シリウスは冷笑を浮かべると、霧のように姿を消した。


 「来るわ!」


 リリスが叫び、再度炎と風の術式を展開。


 「《火炎障壁(ファイヤーウォール)》!」


 「《風刃連舞(ウィンド・ダンス)》!」


 しかし魔導獣は障壁を易々と踏み潰し、圧倒的な体躯で突進してきた。


 「……くそ、重てぇ!どうなってやがる!こいつはなんなんだ!」


 タガロフが受け止めたが、防御陣を張ってもなお体ごと弾き飛ばされる。


 「わからないわよ!だけど少なくとも"お友達"になれそうな雰囲気じゃないのは確かね!」


 リリスは吹き飛ばされたタガロフを支えながらそう言った。


 「はああ!《竜墜翔撃(ドラゴンダイブ)》!」


 マリアは魔導獣の動きに合わせて魔法を使用する。

 手ごたえはあった。しかし先ほどの闇の獣と同様に魔導獣も再生する能力をもっているようだった。


 「なんて再生力!?先ほどのシリウスの獣とは段違いです!気を引き締めて!」


 「こいつの魔力の波動、、とても手に負えるような代物じゃない、、」


 アスラは雷の魔法の魔導獣に放ちながら、魔導獣の死角を探していた。


 アデルは剣を構えなおす。


 「《光撃破(ブライト・バースト)》!」


 無数の刃が炸裂するが、魔導獣の甲殻には傷ひとつつかない。


 (……通らない!)


 「《黒の一閃(ダーク・スライサー)》!」


 闇の刃で脚部を狙うが、動きを鈍らせる程度にしかならなかった。


 「くそ!全然効いてる感じがしやがらねえ」


 「アスラ!頼む力を貸してくれ!」


 「……ああ、行くぞ!」


 アデルとアスラが同時に攻撃を仕掛ける。


 「二重詠唱 《雷闇槍貫(ランス・オブ・ニクス)》!」


 二人の連携魔法が発動、巨大な雷魔法の槍が魔導獣飲み込まれていく、その威力絶大で魔導獣の巨体の2割を消し飛ばしていた。


 「よし!いいぞ!もう一度……?」


 魔導獣の体がうねりを上げると消し飛ばした肉体から闇の魔力があふれ出していた。

 

 闇の力はまるで槍が降ってくるようにアデル達目掛けて突っ込んできた。


 「くそ!《光障壁(ルミナス・シールド)》」


 「ダメージを与えてもそこから魔力があふれ出してくる…一体どうすれば」

 

 「魔導獣を一気に消滅させるしかない」


 アスラがそういうが簡単なことではなかった、二人の連携技でも巨体の2割しか削れなかったのだ。


「ダメージは入るけど代わりに反撃が激しくなる……これは厳しそうですね」


 「くるぞ、とにかくいま足を止めるしかない。学園の外に絶対に出してはダメだ!」



 リリスは魔導獣の激しい攻撃の中で考えていた。


 (このままじゃ学園もみんなもあいつに壊されてしまう……)


 周りを見るのも精一杯なこの状況……いまならやれるかもしれない、リリスは咄嗟にそう判断した。


 「もう、やるしかない……!」


 リリスの指先に魔力が集まっていく。


 その指先から――血のような魔力が滲み出た。


 「《貫クモノ(クルーエル・ピアサー)》!」


 赤黒い螺旋が魔導獣に向かって放たれ、脚部の一部を抉り取る。

 その瞬間、彼女の黒髪が――淡く紅に染まった。


 (くっやっぱりこれじゃダメもっと魔力が必要、でもこれ以上は……)


 魔導獣はリリスの魔法によって若干体勢を崩すが、すぐにまた再生してしまう。


 誰一人戦闘に集中し気づいていない。ただ一人、アデルだけがその異変を目にした。


 「……リリス?」


 それは、彼女の“秘密”に触れてはいけないような感覚だった。

 だがアデルがなにか考える前に事態はさらに動き出す。


 魔導獣が魔力を集め始めている。

 「ぐ、ぐ、ぐがああああ」

 奇妙な声のようなものを発しながら魔導獣はその身に魔力を溜め込んでいる、学園ごと消し飛ばせるくらいに。


 「あれはマズイ!けどまだ……終わらせない!」


 アデルが再び立ち上がる。

 光と闇、両方の魔力を無理に高めて同時展開する。


 「来い……《光闇双極(ライト・アンド・ダーク)》!」


 右手には実体の剣。左手には魔力から生成された、闇の刃。


 二つの剣が交差し、彼に光と闇の魔方陣が展開される。


 「――《双極一閃(デュアル・エッジ)》!」


 一閃、そして交差するもう一閃。

 光と闇が複合するその斬撃は、魔導獣の巨体を斜めに切り裂いた。


 「まだだ!まだいける!《交刃連舞(ブレード・ダンス)》!」


 2本の光と闇の斬撃が魔導獣の巨体に叩き込まれていく、斬撃の波が魔導獣の甲殻を引きはがして

 その内側にあるであろう核に近づいていく。


 轟音、閃光、爆風。


 魔導獣の装甲がついに亀裂を見せる。


 だが同時に、アデルの足元がぐらりと揺れた。


 「ぐっ……!」


 その技の代償――光と闇の双極を扱う負荷が、彼の内側を蝕んでいた。


 “それ”はまだ形を持たず、名もなく、ただ静かに脈動するだけ。


 だが確かに、そこに“存在していた”。


 戦いは続く。

 そして、破滅は静かに、確実に近づいていた。

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