【第十一話:競技の庭に咲く光と影】
魔導学園ルクシアでは、年に一度、生徒たちの研鑽の成果を披露する《魔導競技会》が催される。
競技専用の大演習場――そこは観覧席と競技用の多重結界が張り巡らされた広大なフィールドであり、各学年の希望者によって日頃の鍛錬の成果をぶつけ合う舞台でもあった。
青空の下、整えられた草地と魔力を拡散・吸収する石板が交互に敷かれ、観覧席には教員や生徒の歓声が渦巻く。
◇
その朝、学生寮の中庭では三人の少女がいつものように集まっていた。
「ねーリリス、なんで競技会でないの?」
金髪をふわりと揺らす小柄な少女――ミーナ・リュミエールが、無邪気な目を輝かせて問いかける。
「うーん、見てるだけでも楽しいし。今回は別にいいかなって」
黒髪のリリス・ブラッドが肩をすくめて微笑む。
その隣で、茶髪を束ねた快活な少女が腕を組み、頼もしくうなずいた。
「リリスが出たら絶対上位狙えたのにな。……ま、私がその分、頑張るさ」
グレイス・バーンレッド。人間の姿を取っているが、その実はオーガ族の血を引く生徒。
鍛え抜かれた筋力と確かな魔法制御、そして姉御肌な性格から、多くの生徒に『アネゴ』と慕われている。
「グレイス、がんばってね。ミーナと応援してるから」
「うん、がんばってねー!」
「任せとけ!」
三人は入学初日の実技授業で意気投合して以来、日々を共に過ごしていた。
◇
競技会が始まる頃、観覧席の一角にはアデル・セリオル、マリア・サーペント、リリスの姿があった。
「本当に出なくてよかったのですか、アデル?」
隣に座るマリアが、控えめに問いかける。
「ああ。まだ光と闇の制御が不安でさ。今はもっと鍛えてから挑みたいんだ。それに――こうやって見るのも、悪くない」
アデルの視線は真剣そのものだった。戦いを「観る」側の目で捉えようとしている。
(誰がどんな戦い方をするか、それだけでも十分、学べることがある)
「そうね、クラスメイトの活躍を見るのも、なんだか楽しみね!」
リリスが柔らかく微笑み、ミーナはその隣ではしゃいでいた。
◇
一年生部門の競技が始まった。
初戦に名を連ねたのは、アスラ・マダリオンとタガロフ・ライク――どちらも、アデルたちと同じA組のクラスメイトだ。
「初っ端からアスラとタガロフか……なんという組み合わせだな」
アデルが静かに呟く。
マリアは小さく目を見張った。
「確かに、同じクラス内での対戦とは……」
「アスラは……普段から俺に突っかかってくるし、正直、扱いづらいけど――」
アデルの視線が鋭くなる。
「実力だけは、本物だよ」
観客席がざわめく中、フィールドには両者が対峙していた。
アスラ・マダリオン。雷を宿した鋭い眼差しと、俊敏な剣術を武器とする無口な剣士。
一方のタガロフ・ライクは、堂々たる体躯に大斧を担ぎ、地属性の魔力をその肉体に宿らせた重量型の戦士だ。
(アデル……)
開戦の直前、アスラの脳裏に過ったのは――少年時代の、ある記憶だった。
――あの村を焼いたのは、闇でも光でもない。“力”そのものだった。
奪われた日常、崩れた家族。救えなかった自分。
だからこそ、アスラは誰よりも「力」そのものを信じる。
そして、それを無意識に背負うアデルに対して――反発と焦りを抱いていた。
(お前に……負けるわけにはいかない)
「よう、アスラ。初戦がオレってのはツイてないな?」
タガロフがにやりと笑いかける。
「……関係ない。潰すだけだ」
「おう、上等!」
試合開始の合図と同時に、アスラが動いた。
「《雷撃加速(ブリッツ・ダッシュ)》!」
地面を雷光が這い、アスラの身体が一瞬で間合いを詰める。
だがタガロフは、その突進を読んでいた。
「《大地の構え(アース・フォート)》!」
全身に地の魔力をまとわせ、足元を固めた構えで大斧を振るう。
雷光と岩砕きの一撃が激突し、石畳が爆ぜる。
「――やるな!」
アスラが剣を引いて退いた瞬間、タガロフの足元から突如として石杭が飛び出す。
「《地杭裂波(グランド・スパイク)》!」
咄嗟に後方へ跳躍するアスラ。だが足元をなぞるように走った杭が、裾をかすめる。
「おっと、当たんねぇか。さすがだな」
「……お前こそ、いつの間にそんな技、習得した?」
「ハハッ、黙って修行してたからな! クラスメイトには、ちょっとだけ驚いてもらいたくてよ!」
二人の攻防はさらに熾烈さを増す。
「でもな、アスラ。そう何度もかわされちゃ困るんだ」
タガロフが大斧に地の魔力を集中し、踏み込んだ。
「《地裂轟斧(クレイ・バスター)》!」
振り下ろされた斧が地面を割り、衝撃波が放射状に走る。
アスラは跳躍しながら剣を天に掲げる。
「《雷迅翔閃(ライジング・ボルト)》!」
全身に雷を纏い、空中から一直線に突進――
その突撃が、タガロフの懐へ吸い込まれる。
「っ、くそっ――!」
地壁を瞬時に展開しようとするも間に合わず、タガロフの胸元すれすれに雷光が突き刺さる。
大地を割る爆音とともに、彼の大斧が地に落ちた。
「――勝負あり!」
「勝者、アスラ・マダリオン!」
ざわめく観客席の中、アデルはわずかに息をついていた。
(やっぱり、強いな……アスラ)
突っかかってくる態度に何かと苛立ちはする。だが、彼の中にある「勝ちに行く意志」と、それを裏付ける実力だけは――疑いようのないものだった。
マリアが隣で静かに微笑んだ。
「いい戦いでした。クラスメイト同士だからこその、ぶつかり合いですね」
「うん……どっちも、すごかった」
リリスも、目を細めて静かに言った。
◇
インターバルの間、観覧席ではアデル・リリス・マリアにタガロフが合流していた。
「いやぁ、アスラってさ、やっぱ速いよなぁ。あいつの突進、マジで空気が一瞬で変わるもん」
タガロフが肩を回しながら笑った。
「でもあんたの、「《地裂轟斧(クレイ・バスター)》のタイミングは絶妙だったわよ。あそこで刺さってたら逆にやばかったんじゃない?」
リリスが茶化すと、タガロフは豪快に笑った。
「ったりめぇよ! でもあれ、アデルだったらどうする?」
「ん? あれを……避ける」
「ええー!? それだけ!? なんか技とか使わねえのかよ」
「アデルならなにかあるって気づきそうですよね。」
「はあーなんだよそれ。天才ムーブかよ。ちぇっ、つまんねーの」
リリスとマリアが笑う。アデルも、どこか照れたように小さく笑った。
「……でも、ほんとに皆強くなってきてるな。俺も、もっと頑張らないと」
その言葉に、リリスとタガロフは同時に言った。
「それ、私たちの前で言う?」
「なーんかムカつくな、それ」
四人の笑い声が響いた。
◇
その後の競技でも実力者たちは次々と登場した。
グレイスは圧倒的な地属性魔力と体術で着実に勝ち上がっていく。
そして――決勝戦の舞台に立ったのは、アスラとグレイス。
「グレイスいけー!」
ミーナはアスラのことなど目もくれずグレイスを応援していた。
「どっちが勝つにしても面白い戦いになりそうね」
リリスもマリアも流石に決勝ともなると熱が入ってくる。
「うーん、、スピードのアスラかパワーのアネゴか対象的だな」
俺はというといまさらながら大会に出場しておけば良かったかなという思いが芽生えていた。
「悪いけど、容赦はしないわよ!」
「来いよ。面白くなりそうだ」
開始の合図と共に、アスラが先手を取る。
「《雷閃牙(サンダー・ファング)》!」
雷の刃が空を裂き、グレイスへと放たれる。
「《石壁防陣(アース・バリス)》!」
地を隆起させた岩壁が雷を受け止め、閃光と砂塵が舞う。
その中をアスラが駆け抜け、雷の剣を携えて斬り込む。
だがグレイスも応戦。
「《大地連鎖(チェイン・クレスト)》!」
足元から伸びた石柱がアスラの足を絡め、隙を生む。
その一瞬を逃さず、グレイスの大剣が唸る。
「っ……!」
アスラは剣で受け止めるが、その重さに後退を余儀なくされる。
「さすがだな……でも、まだ終わりじゃない!」
空中に跳び上がり、アスラが全魔力を放出する。
「《雷迅翔閃(ライジング・ボルト)》!」
雷の突進――だがその瞬間、グレイスの大剣が光を帯びる。
「――もらった!」
「《重斬・断層斬り》!!」
圧縮された地の魔力が雷撃を両断し、アスラを正面から吹き飛ばす。
場内が一瞬、静まり返った――そして、爆発するような歓声が湧いた。
「勝者、グレイス・バーンレッド!」
◇
続いて始まる二年生部門。
その中で際立った存在感を放っていたのは、黒髪に銀の瞳を宿した青年――シリウス・ヴェルグレインだった。
静謐な佇まいに反し、放たれる魔力は濃く、鋭く、圧倒的。
彼は闇属性の魔法を用い、敵の行動を封じ、逃さず仕留める。
《黒影裂波(シャドウ・クラッシュ)》
《深淵収束弾(アビス・コンプレッション)》
その魔法は、すべてが洗練され、無駄がなかった。
決勝戦すら、数分で終わった。
「――優勝、シリウス・ヴェルグレイン!」
場内がどよめく中、アデルは静かにその姿を見つめていた。
「……すごいな、あいつ」
「まるで……人間じゃないみたいね」
マリアがぽつりと呟き、リリスは僅かに眉をひそめる。
観客席へ一礼したシリウスの口元には、淡い笑み――だがそこに宿った温度は、冷たいものであった。
(……あれは、ただの優等生の顔じゃない)
アデルの胸に、確かな“違和感”が芽生え始めていた。
競技会は熱狂と歓喜の中、幕を閉じる。
だがその裏で、小さな波紋が静かに、確かに広がっていた――。
◇
試合場をあとにしたアスラは、一人、裏の林道に足を運んでいた。
静寂の中で、彼は自らの拳を強く握り締める。
(……あれで、全力だったのに)
心臓がまだ速く脈を打っている。
グレイスの技――斬撃に込められた地の重圧と力。それは、真正面から自分のすべてを受け止め、そして打ち砕いた。
「……こんなところで、負けていては届かない」
アスラの眼差しは静かに燃えていた。
「力が欲しい。もっと――確かな、“力”が」
その呟きは誰にも聞かれることはなかった。
夜の学生寮、談話室。
夕食後の余韻が残る空間で、数人の生徒が集まり、競技会の話題で盛り上がっていた。
「もーうっ、グレイスカッコよすぎでしょー!あれ完全にヒーローだったよね!」
ミーナ・リュミエールがソファに寝転びながら、クッションを抱えて騒ぐ。
「おいおい、ちょっとは静かにしろよ、他のやつら寝てんぞ……」
タガロフが苦笑しながらも注意するが、ミーナは気にせず続ける。
「でもでも!アスラくんもカッコよかったよー? あの雷の技、空からズバーン!って感じだったし!」
「お前、擬音だけで語るなっての」
「じゃあアデルはどう思ったの? 今日の試合、見ててさ」
ミーナの問いに、アデルは少し考えてから答えた。
「……すごかったよ。みんなが、自分の持ってるものを全力で出して、ぶつかってる感じがしてさ。
見てるだけでも、何か伝わってきた。――俺も、ああやって戦いたいって」
「ふふっ、やっぱり出たくなったんじゃないの?」
リリスが笑いながら茶化すと、アデルは肩をすくめた。
「……まぁな。だけど今の俺じゃ、まだ未完成だから。焦ってもしょうがないし」
「アデルらしいじゃない、うん。でもさ、未完成だからこそ、戦って確かめるってのもあると思うよ?」
リリスが意味ありげに微笑み、アデルはふと目を細めた。
「……ありがとう、そうだな。今の俺にできること、もう一度考えてみるよ」
静かに流れる、温かくも前向きな空気。
それは戦いの熱狂とは違う、確かな絆と成長の一端だった。
◇
その夜――。
競技場から離れた、古い塔の一室。
灯りもなく、ただ魔力の揺らぎだけがわずかに室内を照らしていた。
その中心には、一人の人物。
黒いローブに身を包み、顔をフードで隠している。
その手には小さな水晶球。競技会の様子を淡く映し出すそれに、男は目を細めていた。
「……やはり、この学園は“資源の宝庫”だな」
水晶に映る、生徒たちの戦い。溢れる魔力。揺れる光と影。
「収集にはうってつけ。とくに、この“環境”が素晴らしい……」
男の声は低く、だがどこか愉悦に染まっていた。
「そろそろ吸収効率を上げるか、いずれは気づかれるだろうがその時には……もう遅い…」
水晶の光が揺れ、闇に溶ける。
誰も知らないところで、学園をめぐるもう一つの歯車が、静かに動き出していた。
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