一つの花
じっとりと汗ばむ肌に、浴衣が纏わり付く。
程よく胸元を開け、扇子で内へ風を送っては束の間の涼しさを感じた。
周りの学生たちは、浴衣を着ていながら手持ち扇風機で涼しさを取り入れている。だが、風情というものを知らないのだろうか。
不満げに思っていれば、軽快な下駄の音が耳に響いた。
「お待たせ、かき氷買えたよ」
小走りで帰ってきた彼女は、頬を赤らめながら息を上げており、とても扇情的だ。
髪をお団子に結っている彼女も、可愛らしい浴衣に身を包んでいるせいかもしれない。
僕がだらしない思考を浮かべているとは、露知らず。彼女は赤と緑のかき氷を持って、緑の方を僕へと手渡してくれた。
空いた片手と片手を繋ぎ合わせたら、またからんころんと歩き出す。
食べながら歩くというのも祭りの特権だが、どうせならゆっくり二人で食べたいものだ。
けれど、人混みの中ではすぐ離れ離れになってしまいそうで、僕はぎゅうと優しく彼女の手を握りしめた。
なぁに、なんて笑う彼女が愛しくて。
なんでもないよ、と僕も笑う。
心の底から幸せだと笑える今が、どうしてこんなにも刹那的に思えてしまうのだろう。
ずっと続けと願う自分を、僕はどこかで嘲笑っていた。
答えを出せぬまま、一つの衝撃。
心臓を揺らすほどに深く重い音。
どぉんと空に咲いたのは、綺麗な火の粉の輝きだった。
パラパラと消えていく間に、また一つ。
次々に夜空へ溢れていく火の花たちが、僕たちの目も鮮やかに彩っていく。
「わぁ……! 綺麗だね、如月くん!」
「うん。 でも、美月の方が綺麗だよ」
「えー? いつもそんな事言わないのに」
「そうかな。 ……そうかも」
曖昧な返事を零しながら、彼女の手を引いてまた下駄を鳴らす。
からから、ころころ。
海を割るように人混みをかき分ける。
どんどん、ばらばら。
身を竦めたくなるような音の中。
突然開けた視界に、一際大きな花が咲く。
──どおぉん
目を焼く閃光と共に、体を貫かれたような重く痺れる衝撃。
僕の脳内に、知らないはずの世界が過った。
体中を支配していく、鈍い痛み。
何が起きたか理解が出来ない。
右手が捻れ、まるで銃を離したくないとでも言っているように巻き込んでいる。
足も変な風に曲がっていて、もう機能しないことなんて明白だった。
腹がじくじくと痛い、嗚呼なんで、こんな。
あと見えるものは、灰色の空だけ。
それもすぐに、雫でぼやけて。
いたくて、あつくて、こわくて……。
「……くん、…………如月くん!」
焦ったような表情の美月に揺さぶられ、意識を取り戻す。
まだ視界は濡れていたが、僕の体には傷なんて一つもなかった。
夢というにはあまりに生々しい光景を、僕は無意識のうちに受け入れていた。
あれはきっと僕の過去、前世と言われるものの類だろうと。
ひどく心配そうに覗き込んでくる彼女を見て、それを確信する。
美月は、前世でも僕の大切な人だった。
戦うしか能がない僕を人間たらしめてくれたのは、彼女への愛情で。
半端者の僕を埋めてくれたのは、彼女自身で。
ずっと彼女に救われて、昔の僕は戦う以外の自由を知ったのだ。
銃を捨てた僕は彼女と旅をして、彼女と共に誰も知らない地で死んだ。
そうして時すらも旅をして、僕らは再びこの世界で巡り会えたのだ。
運命と呼ぶにはくすぐったいけれど。
結局、僕がこの幸せを刹那的と呼んでしまうのは、前世が僕を引き止めているからで。
それでも今の僕は、胸を張って言えるだろう。
「美月、大好きだよ」
柔くしなやかな体を抱き締めて、笑う。
もう昔の僕ではない。
今の僕は、心から笑うことが出来る。
それは他でもない君のおかげで、僕はこれからもずっと君と生きていきたい。
全てが伝わったようで、慌てふためく彼女が耳元で真っ赤なのが愛おしい。
それでも僕は、離してなどやるものか。
また遠い時を旅することになろうとも、僕は君と永遠に生きていくのだ。
桜の短編集 その1 桜音霧 @catsin0808
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