桜の短編集 その1
桜音霧
半々の命
戦うしか能がない半端者。
それが、自分に対する評価だった。
僕はそんな自分が大嫌いで、いつか罰が下れば良いとさえ思っていた。
幼い時から僕は何でも不器用で、趣味と言えるような物も無かった。
自慢できるところと言ったら、体力と腕っぷしだけ。喧嘩だけは強くて、誰かを泣かせることが上手かった。
だから自分が行き着いた未来は、軍人になる事だった。
せめて誰かを守るために力を使おうとか、大層なことを考えたわけじゃない。
ただ死にたかったのと、あとはとても個人的な理由が一つ。
僕を認めてくれた、ただ一人の女の子にかっこいいところを見せたかったから。
僕にも、恋らしき感情が残っていたらしい。
色々な場所を旅して歩く彼女は、面白い話をたくさん聞かせてくれた。
旅に興味があると言えば、いつか一緒に行こうと僕の手を握った彼女が忘れられない。
自分に絶望してから動かなくなった頬の筋肉も、彼女の前だとほんの少し動いてくれる。
彼女がいっぱい僕を褒めてくれるから、調子に乗ってしまうのだ。
また会えたら、一緒に旅をしようと。
彼女との口約束で、僕は息が出来た。
けれど僕は軍人で、やるべき事は正反対。
たくさん戦って、良い戦績を取って、その度に心が痛まなくなっていく。
最初は重たかったアサルトライフルは、戦場における人の命と同じくらい軽くなった。
何度も返り血を浴びて、何も思わなくなっていく自分に、反吐が出そうだ。
けれど、彼女を想う気持ちだけが、僕を人間として引き止めてくれていた。
どうせ伝わりやしないものを抱えて、僕は銃と共に戦場を駆け抜け続ける。
たった一つの人間性に縋って、そんなだから足元を掬われるというのに。
「は、っ…………ばか、……だなぁ」
鈍い痛みが、体中を支配していく。
何が起きたかなんて理解が及ばない。
右手が捻れて、巻き込まれた銃が僕から離れてくれない。
足も変な風に曲がっている。
腹がじくじくと痛む辺り、血液が流れていたりするのかも。
けれど僕に見えるのは、灰色の空だけ。
痛みをあまり感じないのは、現実味が無さすぎるせいだろう。
ぼんやりとした思考を、浮かべる。
これが、自分に下る罰なのか。
これが、ずっと望んでいたものなのか。
でも何だか、満たされない。
嫌だと喚く自分が居て、情けないほど涙を流す自分がどうしても憎めなかった。
生きていたいと自覚するには、遅すぎた。
彼女の隣で生きていたかったと、今さら思ってしまった。
奇跡でも起きない限り、無理だろうに。
唯一動く左手で目元を覆い、嗤う。
最後に自分を嘲笑うしか、出来なかった。
それから僕が、もう一度光を見ることはないと思っていた。
だってもう、死んだと思ったのだ。
けれど、僕はベッドの上で目を覚ました。
体中のあちこちが悲鳴を上げているけれど、無機質な音はちゃんと心音を刻んでいた。
生きたところで、また戦場へ行くしかない。
僕には、それしか。
「もう、良いんだよ。 私と旅に出よう」
凛とした声が響いた。
柔らかな手が、包帯だらけの僕の手に重なる。
心から会いたいと願った彼女が、本当に辛そうな笑顔で僕を見ていた。
僕が握れば簡単に折れてしまいそうな手が縋るのを見て、からんと何かが崩れて剥がれ落ちていく。
床に転がったアサルトライフルは、もう要らない。
僕がずっと欲しかったもの、ただ包みこんでくれる優しいだけの抱擁があるから。
壊してしまいそうと躊躇いながら、僕も抱きしめ返してみる。
けれど彼女は、変わらず其処に居た。
止めようのない雫と共に、子供の頃ですら上げたことのない嗚咽をあげる。
全てを受け止めてくれる彼女が、僕を普通の人間にしてくれたのだ。
戦うしか能がない半端者。
それが、自分に対する評価だった。
僕はそんな自分が大嫌いで、いつか罰が下れば良いとさえ思っていた。
罰が下った今でも、自分に対する評価は変わっていない。
けれど、それすら受け止めてくれる人が居る。
僕が半端者だとしても、足りないところを埋めてくれるようなかけがえのない人。
もう、銃なんて無骨なものは握らない。
大切な彼女の手を優しく握って、君と二人で未来を歩いていくのだ。
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