第38話 ラッキーフロアの正体

 特に小細工も何もなく、そいつはそこに佇んでいた。今度のフロアマスターは、巨大な『頭』だった。全体的に金色なのはいいとして、それぞれ表情の違う顔が三面張り付いている、頭。人間でいえば首から下に当たる部分は何にもない。


「シュララララララー」


 そいつも何やら、おかしな唸り声のような音を出す。声ではないのかもしれないが、とにかく、そのへんはいつものパターンと同じだった。


「行くぞ、シュララ野郎!」


 と、その頭の、顔の部分が回転するようにして入れ替わり、別の顔になった。えーと、三つの顔はそれぞれ笑っている顔、怒っている顔、そして泣いている顔に分かれているようで、いまは怒っている顔だ。


「とりあえず、距離を稼いで、様子を……」


 と言っているぼくの胴体に、そいつの放ってきた何かが直撃した。


「ぐはっ」

「≪フォーティーナイナー≫!」


 落ちたものを見る。石礫のようだ。やや大きめ。厄介だ。たぶんベアリング弾で撃ち落とすにはかなりまとまった球数を同時に当てないといけない。で、実際のところそれどころではなかった。


「シュラララ、シュラララ、シュラララ」

「うわ! やっべえ!」


 アカリがかろうじて石礫を躱す。かなりのスピードで連射してくる。ソアも狙われている。ソアは構えた弓をいったん下ろし、巨大な亀の召喚獣を呼び出して盾にした。


「くっ……!」


 だが、亀の召喚獣が数発で吹っ飛ばされる。ソアでも弓を構えられるタイミングが無いようだった。


「接近戦を狙うぞ!」


 近接武器を得意とする三人、つまり俺とミドリとアカリで敵の近くに殺到する。だが、その瞬間に顔が入れ替わった。


「シュラ、シュラ、シュラ、シュラ」


 泣き顔の、目の部分から涙のようなものが迸る。涙であるかどうかは分からないというかただの塩水とはとても思えない。


「うわっ」


 かろうじて飛び退って逃げる。敵はその隙に、かなりの高速で空中を浮いたまま移動、われわれから距離を取った。


「莉子、分析してくれ!」

「分かった!」


 莉子が能力を使い、指先で敵の攻撃の種類を確かめる。


「……これ、強い酸だね。まともに浴びたら大変なことになる。あたしには治療可能ではあるけど、全身に浴びないように気を付けて」

「了解した」


 さて、遠距離にも近距離にも対応してくる敵だということは分かった。かなり強い相手だ、ということももう既に間違いない。そして、何より厄介なのは、まだ三つ目の顔が残ってる。おそらくもう一種類、攻撃手段を残しているはずだ。……と思ったその途端、顔が入れ替わる。笑い顔。


「シュー、シュー、シュー、シュー、シュー、シュー、シュー、シュー」


 その攻撃は、物理的なものではなかった。おそらく、距離も関係ない。音波によるものではないか、と、確認できたのはそこまでだった。


「……うわああああっ!」

「きゃああああっ!」


 ぼくは恐慌状態に陥った。恐ろしい。敵が恐ろしくて仕方がない。たまらない、だめだ、ここから逃げなくては! ぼくは赤い扉に向かって走り始める。


「りー兄ちゃん! 正気に戻って!」


 平手で莉子に頬をひっぱたかれ、ぼくは正気に返った。どうも、叩いた瞬間に≪フォーティナイナー≫の効果を叩き込んだらしい。あれ、なんともない。


「あれ、状態異常攻撃の一種だね。言うなれば『恐怖フィアー』。あたしも喰らったけど、ほんの一瞬で解除はできた。……あたしの能力なら、だけど」


 莉子の能力は基本的に触れた相手に対して発動するものだが、自分自身に対してなら常にゼロ距離発動が可能なのである。改めて、すごいポテンシャルを秘めている。そういうわけで、ほかの三人もかろうじて正気に返らせた。だがそうこうしている間に石礫が飛んでくる。こちらは逃げ惑うしかない。


「正直、正攻法での攻略法は分からん。だが、莉子がいる限りはこの手が通じると思う」


 今まで見た通りなら、一つの面は一つの種類の攻撃しかしてこない。そして、一番無力化しやすいのは笑顔から放ってくるあの『フィアー』だ。笑い面になっているタイミングを狙うしかない。


「シュー、シュー、シュー、シュー、シュー、シュー、シュー、シュー」


 来た。ぼくは莉子の手を握り、そのまま手を引くようにして一緒に走った。この状態なら、フィアーは食らうのとほぼ同時に無効化できる!


「喰らい! やがれッ!」


 笑い面の口の部分を狙って、刀を突っ込む。突き刺さった。


「電撃ッ!」


 刀にスタンロッドを当てて、莉子がシュララ野郎に電撃を喰らわせる。


「シュララララッ!」


 致命傷になるほどのダメージは与えられていないが、確かに効いている。敵の攻撃のペースが落ちた。


「≪パラべラム≫、ゼロ距離斉射ッ!」


 敵の頭に拳の中のベアリング弾を掴めるったけ叩きつけ、そしてそこに最大限の運動エネルギーを与えた。弾丸がめり込み、そして貫通する。多分これで終わりだと思うが、念には念を入れ、もう一発ゼロ距離斉射を叩き込む。


「シューラーラーラー……」


 シュララ野郎は塵となって消えた。うーん、しんどい戦いだった。


「第七階層フロアマスター『金色夜叉こんじきやしゃサンメンシュラ』の初討伐が記録された。記録者、海護理一郎、アカリ・ナバスクエス、ミドリ・ナバスクエス、十八公莉子、ユ・ソア、以上五名。記録場所、第七階層マスタールーム。初討伐ボーナスが加算される。並びに、第七階層の初踏破が記録された。記録者、同上五名」


 いつもの気の抜けるようなアナウンスが響き渡った。どっと疲れた。はよ帰って海護コーラでも飲も。

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