第39話 凱歌
ぼくら『キングダム・カム』の七階からの凱旋は、海護にいる探索者という探索者に衝撃を与えた。いろんな意味で。何しろ『第七階層はコツを掴めば物凄く稼げる』『しかし、フロアマスターが恐ろしく強い』という情報が同時に知れ渡ったのである。蜘蛛の糸を使えばオオバンコバンだけ倒して帰るということはできなくはないが、蜘蛛の糸がザナドゥ商会でいくらで取引されているのかということを考えればそれは現実的な選択肢ではない。いろいろ、難しいことになった。
「いやー、おめでとうございます。流石は殿下」
というメールを送ってきたのは『海援隊』の汐田。似たような内容のものは、ぼくへのホットラインを知っている探索者数名から何通も届いた。
「京丸を貸切にして、祝勝会をしようぜ」
当然のことながらスポンサーはぼくである。京丸の予約が簡単には取れない都合上、開催は来週、ということになった。ちなみにその翌日には海護丸が、そして父がようやく、島に戻ってくる。随分と長かった。今はどこで何やってるかというと、ぼくの家に『キングダム・カム』のメンツで集まっている。ナバスクエス姉妹とソアも来ているということだ。
「誰呼ぼうか。アインスあたりは呼んだら二つ返事で来そうだけど」
とぼくが言うと、ソアが応じた。
「『シーゲイツ』の代表と副隊長を呼びましょう」
「どういう繋がりで?」
「私がドヤ顔をするためです」
「うん。まあ。じゃあ声はかけてみる。来るかは分からないけど」
あずきバーをかじっているトコヨがそこで言った。
「かじ。七階はどうだった? すごいだろう? かじ」
「答えてくれないのは分かってるけど聞いてみる。あの意地の悪い仕掛けは誰が考え付いたんだ? お前か?」
「それは説明できない」
「うん。そうだろうと思ったよ」
シャンバラはあと何階層あって、そしてあんな悪意的な細工がどれだけ用意されているのだろうか。気が遠くなる思いである。生き別れの母の秘密があそこに隠されているという可能性が高いことを思えばそんなことは言ってられんのだが。
「うちのオヤジも呼んでいい?」
「そうだな。大勢で楽しくやろう。どうせ貸切だし」
アカリがそう言うのでナバスクエス氏も呼ぶことになった。ザナドゥ商会にも声をかけた。誰かしら来るそうだ。デュラルとダフィーからも、参加するという表明が来た。というか、主だったチームのリーダーたちはだいたい来ることになった。大会合になるな。
「そいじゃ、あたしたちはこれで」
「おじゃましました」
ナバスクエス姉妹とソアは帰った。家族で夕食を済ませ、うちで宿題を始める。学校はいまだに休校中だが、さすがにホームワークの課題だけは出されているのである。夏休みが延長されて宿題も増えている、みたいな状況。まあ、ぼちぼち仮設住宅が建ち始めているし、船が来るたび人が入ってくる代わりに出ていく人間の数も少なくないし、遠からぬうちにそのへんもなんとかなりそうではあるが。と、ぼくの部屋のドアがノックされた。誰だ?
「入っていいか?」
トコヨだった。パジャマ姿。
「いいけど。どうした。こんな時間に」
部屋に入ってきた。ぼくはベッドの上に座り、トコヨをチェアに座らせる。そうまでの豪邸ではないので、個人の私室にいくつも椅子があったりはしない。
「ラッキーセブン踏破のお祝いとして」
「ん?」
「理一郎になんでも一つ、トコヨに質問する権利を与えよう」
「えっ。どんな質問でも答えてくれる的な?」
「いや、答えたくないことには答えないが」
「普段と変わらなくないか、それじゃ」
「ただ単に」
「ただ単に?」
「トコヨは、理一郎がトコヨに何を聞きたいと思っているかを知りたい。それだけだ」
「ふむ」
考える。墓参りの時に見せたあの奇妙な反応からして、トコヨはティル、つまりぼくの母のことを何らかの形で知っている可能性が高いというような気がしている。そこを掘り下げたら、答えてくれるだろうか? しかし。なんというか、そういうことを教えるつもりで来たんじゃないような気もする。シャンバラ潜ってりゃ、そのうちヒントの一つも出てきそうなものではあるし。だから、それと関係があるようなないような、微妙な手触りのところを聞いてみる。
「お前は……例えば十年後。ぼくはとっくにシャンバラを卒業しているわけだが。そのときにもまだ、ここで居候を続けているのかな」
「それは」
ポーカーフェイス。もともとトコヨの感情は読みにくいが、いつも以上だった。何考えているんだか分からない。
「……理一郎次第だよ」
「ふーん」
「ふーん、じゃない。もっと有難がれ」
「まあ、わが国の発展のためにはお前の存在が必要だからな。助かるよ」
「……そういう意味じゃない」
ぷう、と膨れた。これはまた、逆に珍しく分かりやすく感情を出したものだ。
「理一郎」
「なに」
トコヨが椅子から立ち上がり、急に抱きついてきた。正面から。何なんだ。
「死ぬなよ。十年後のために」
ぼくたちを殺しにかかっているのはどちらかというとお前か、あるいはお前の背後にいる黒幕みたいな何者かなのでは? と思わないでもないが、そんなことは口にしない。心臓が高鳴る。ばっくんばっくん言っている。トコヨも気付いたんじゃないかという気がする。そこでトコヨはすっ、とぼくから身を翻して、背を向けた。その背中に言う。
「死なないよ。俺は」
「理一郎」
トコヨはまだ背中を向けている。
「だって、そうしたらお前のメシ作るやついなくなるもんな」
「……そうだな」
トコヨは背を向けたまま。こちらに表情を見せず、そのまま部屋を出て行った。
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