虹色の羽
ラグス
虹色の羽
スタジオ内に響くギターとドラムの音。Bメロに入る辺りでボーカルのAKIRAは半ば乱暴に手をパンパンと鳴らし演奏を止めた。
「ストップ!ストップ!全然ダメ。本番は明日だぜ?もっと真剣にやってくれよ」
AKIRAがリーダーを務める鳥獣人3人のバンドグループ“RAGE”は明日、ついに念願の単独コンサートを開催する。
路上や小さなライブハウスから泥臭く地道な営業活動を積み重ねること5年。ついに大手音楽事務所プロデューサーの目に留まり、メジャーデビューのチャンスがようやく巡ってきた。それゆえAKIRAのこのバンドに対する思い入れは強い。
「AKIRA、逸る気持ちもわかるけどちょっと落ち着けよ」
そう諭すのはベース担当のオウム獣人RYOTA。オウム獣人の割には寡黙で冷静な性格から女性ファンはかなり多い。
「RYOTA、最近たるんでるぜ。ちょっと女に感けすぎじゃないのか」
「そういうお前こそメジャーデビューのチャンスに乗じて1人で甘い汁啜ろうと思ってないだろうな」
「なんだと!!」
「まぁまぁ2人とも落ち着いて」
二人の間に止めに入ったのはドラム担当の鷹獣人TAIHEI。
鷹獣人と言えば聞こえは良いが小太りのその体型に鷹の貫禄はまるで無い。ただメンバー内の癒しキャラとしての人気が一部のコアなファンには受けているようだ。
だがやはりこのバンドの一番の売りはギター兼ボーカル担当のAKIRAである。
歌声の美しさもあるが、彼の一番の魅力は間違いなく彼の飾り羽であろう。
孔雀獣人の彼の背中にはメスを魅了する大きな飾り羽が付いている。それ自体はオスの孔雀獣人として珍しくはないのだが、彼の羽は世にも珍しい七色に輝く羽を持っている。
その美しさに可能性を見出したプロデューサーの勘は正しく、AKIRAはSNS上で“虹色の羽を持つ者”として大きな話題となった。
「そもそもお前たちの・・・」
その時、スタジオのドアが勢いよく開いた。
「あ、AKIRA大変だ!!」
肩で息をしながら入ってきたのはマネージャーの鳩獣人、豆田だった。
「マメ、悪いけど今取り込んでて・・・」
「そんな場合じゃない!これを見ろ!」
そう言って豆田はAKIRAに1冊の雑誌を見せた。
それは『週刊文鳥』という雑誌だった。芸能関係のスキャンダルを主に取り扱う、いわゆるゴシップ誌というやつだ。
「な・・・なんだこれ!!」そこには信じられないような記事が掲載されていた。
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『某大人気バンドのリーダー“A”まさかのオス狼獣人俳優“O”との熱愛発覚か!?』
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モノクロ調の写真には孔雀獣人とスタイルの良い狼獣人が2人並んで風俗街を歩く姿が写されている。
黒の目線で顔は隠されているが、はっきりAKIRAだと分かる写真だった。
当然、AKIRAにも身に覚えがある。しかしまさか写真に撮られているとは思いも寄らなかった。
「AKIRAどうするんだ!こんな記事が世間に出回ったらお前たちの地位は・・・!!!」
豆田は羽をバサバサと振り回す。パニックになるといつもこうだ。
「落ち着けマメ。大丈夫だ」
「何が大丈夫だ!ライブは明日だぞ!どんな顔してステージに立つつもりだ!」
スタジオ内に豆田の羽が飛び散る。
「だから大丈夫だって。俺に任せとけ」
そう言ってAKIRAはスタジオを後にしようとした時、RYOTAが背後から話しかけた。
「AKIRA、いつもの飾り羽を広げるパフォーマンス、この前みたいにあんまり勢いよく開きすぎるなよ。傷物になるぜ」
「分かってるよ」
AKIRAは振り向かずそう言ってスタジオを出た。
男子トイレの個室に入りAKIRAは改めて記事に目を通した。しっかり文章を読み、そして安堵した。
大丈夫だ。記事のどこを見ても“あの件”についてはどこにも書かれていない。
おそらくバレていないのだ。であれば問題ない。
AKIRAはニヤリと軽く笑った。
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コンサート開始5分前。会場を埋め尽くす観客がライブカメラで確認出来た。
メンバーの登場を今や遅しと待ちわびる者もいれば、もの言いたげに不機嫌な表情を浮かべている者もいる。
コンサート開始10秒前。大スクリーンの秒読みに合わせファン達のカウントダウンコールが会場中に響き渡った。
“ゼロ”の掛け声とともにステージ上の花火が噴射。そして床のせり上がりからメンバー3人が姿を現した。
会場は黄色い声援に包まれる。だが今日はそれに交じりノイズに近いブーイングも聞こえてきた。
「AKIRA-!どういう事だー!」
「私達ファンを裏切ったのー!?」
いつもならあり得ない喧々諤々とした会場にノイズは呼応しどんどんと大きくなっていく。
しばらく何も言わず俯くAKIRAとメンバー。そしてようやくAKIRAが口を開いた。
「みんな聞いてくれ!」
その一言で水を打ったように会場は静かになった。そしてAKIRAは話を続けた。
「まずは皆に謝らなければいけない。もう分かっているかと思うが、昨日のスキャンダル記事、あれは間違いなく俺だ」
またザワザワとした声が大きくなり始める。どこからかヤジを飛ばす者もいる
「だが!あの記事には1つ間違いがある。俺はあのオス狼と付き合ってはいない!」
その一言に会場が水を打ったかのように静かになる。
RYOTAとTAIHEIを見ると同じような表情だ。会場端で様子を見守る豆田は心配そうにこちらを見ていた。
「そもそもあの狼獣人の俳優は無類のメス好きとしても有名らしいじゃないか。俺と彼が付き合う道理はない!あの風俗街の前を通っていたのは事実だが、疚しい事なんて何も無いさ!」
観客はそれぞれに顔を見合わせ「確かに」といった表情をしている。もう少しだ。
「だが皆にいらぬ心配を掛けたのは事実。そこで俺は考えた。調べてみたんだが、まだ人間がいた頃、オス同士、メス同士のような恋愛の尊厳を守る象徴に虹色の旗を掲げていたらしい。そして皆も知っての通り俺の背には虹色の飾り羽が付いている。罪滅ぼしと言えるか分からないが、俺は今後この羽をその活動に役立てたいと思う!どうかな皆!」
ガヤガヤとした空気は一気に静かになる。やはり駄目か。と思ったその時だった。
「いいぞー!AKIRA!!」
「素敵!惚れ直しちゃった!」
温かい声援の波が会場中に広がる。
「ありがとう!ありがとうみんな!よし!湿っぽい空気はここまでだ!ここから盛り上がっていくぞ!」
そこからは3人の奏でる音楽が会場を覆いつくす。
鳴りやまぬファンの声援と交差し会場内は格別な空間へと変容していった。
そしてあっという間に最後の曲。この曲が一番の見せ場だ。曲の最後でAKIRAの飾り羽を大きく開き、バックライトで光を当てまさに会場内に虹を作り出すようなパフォーマンスだ。
最後のフレーズが来る。会場のテンションも最高潮に達していた。その気持ちよさと汚名返上の安心感からか、いつも以上に派手に飾り羽を開いた。
背後から一気にバックライトを浴びせる。そしてファンはまた恍惚な表情をAKIRAに向ける
・・・はずだった。
様子がおかしい。観客たちがぽかんとした表情でAKIRAを見つめていた。
どういう事だ。その時AKIRAはそれとは別の違和感を覚えた。
何故か幾分背中が軽い。AKIRAは背後を振り返る。AKIRAは目を疑った。
背中の羽が1枚も無い。どういう事だと思い下を見ると自慢の飾り羽が全て下に落ちていた。開く勢いがあまりに強すぎたのだ。
「えっ、何?どういうこと?」
「あれって本物じゃなくて付け羽じゃない?」
「付け羽!?じゃあAKIRAってまさか・・・」
「「「「「メス!?!?!?!?」」」」」
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募金箱を抱え、大きな声で募金を募る。恥ずかしさにはもう慣れたが、この時期の日差しは羊獣人の彼女にはやはり堪える。
「募金のご協力宜しくお願いしまーす!」
「あらあら、お若いのに殊勝な事ね。少ないけど協力させて頂くわ」
そう言って通りがかりの山羊獣人の老婆は財布から小銭を取り出し募金箱に入れた。
「ありがとうございます!募金頂いたのでこちらをどうぞ」
老婆の胸元に一枚の羽を付けた。
「あらー、虹色の羽なんて素敵ね」
「はい!昔、大人気だった女性歌手が我々の活動の象徴としてこの虹色の羽を全て提供して下さったんですよ」
「そうなの。こんな綺麗な羽を提供してくれるなんてさぞかし素敵な方だったんでしょうね」
「ええ!きっと!」
羊の少女は笑顔でそう答えた。
虹色の羽 ラグス @Ragus_furry
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