第40話
俺とタクミは、イクミと合流してダンジョンに入った。
8階には人の気配がした。
事件前にはほとんど人はいなかったが、本物のユカを捜索する為にギルド内の冒険者が集められている。
事件前に三つ子とサラ、アカネと休憩していた
太陽石の広場にも冒険者が何人か居た。
三つ子が仲良く過ごした最後の時間だ。
たった1日で世界が一変してしまった事に胸が痛んだ。
本物のユカが見つかってもあの光景はもう戻らない。
ずっとユカになりすましていたモンスター……。
だから、お前は━━。
「あ、イチローちゃん、ジローちゃん!」
俺の横にいたイクミが大声を上げて手を振る。
広場の林檎のような木の下で、実を取って食べてる2人がいた。
「お、久しぶり。シロウ、タクミとイクミも」
イチロー兄さんが俺たちに気付いて手を振る。
俺が中学の頃には世界中のダンジョンを渡り歩いて居た2人は、前に会った時より逞しくなって見える。
イクミが2人をジッと見た後で一言。
「……なんか、薄汚れた?」
確かに、そうとも言うが……。
「ダンジョンから出る暇がないからな」
と気にする様子もなく、ダンジョンの木の実を食べるジロー兄さん。
か、カッコいい! これこそ冒険者だな!
「大変だったな、シロウ。信じてた仲間に裏切られるなんて」
不意にイチロー兄さんが優しい目をして言う。
ジロー兄さんも横で頷いてる。
「あ、うん……」
昨日から俺は、ユカに不意打ちで刺されて、ユカがずっとモンスターだった事を知らされて、混乱の中にいた。
ただ、混乱しているのはみんな同じで、こんな素直に優しい言葉を掛けてくれる人は居なかった。
ファーストキスがどうとか、他にもいい子がいるとか、好き勝手言って。
ジーンっと温かくなる瞼と心で、俺は改めて兄たちの偉大さを感じる。
「まあ、イチローちゃんは、ギルドの受付にアヤノさんに何度も振られてるし、ロウちゃんの事は言えないもんね」
イクミが口を挟む。
「2人とも彼女が居たら世界を飛び回る冒険者なんてやってないか」
タクミも納得する。
「イクミ〜! タクミ〜!」
ジロー兄さんが怒る。
せっかく感動してたのに。
「でも、アヤノさんも選り好み出来る年じゃないと思うけどなぁ」
「だよな!」
俺が言うとイチロー兄さんがすかさず食いついてくる。
「失礼な事言ってるなぁ。同感だけど」
とイクミ。
まあ、とにかく兄さんたちに会って、ギルドの方の探索状況を聞いた。
「モンスターのユカが逃げた方向を探してるが、手がかりが何もないな。特にここ8階は入り組んでるし、どこへでも逃げられただろう」
「モンスターを倒せないのも障害になってるな」
「え? なんで?」
俺が口を挟む。
「本物のユカは身体を奪われてモンスターの中に入ってる可能性が高い。無闇にモンスターは倒せないだろう」
確かにそうだ……。
俺は、昨日、かなりの数のモンスターを倒してしまった事を思い出す。
「まあ、ユカになりすましてたのは、話せる知性があるモンスターだったんだろ? この辺の雑魚モンスターが本物のユカだって可能性は低い。ただ、まあ、念の為だ」
「うん……」
イチロー兄さんが俺を慰めてくれる。
「なんか、シロウって弟だよね」
イクミが俺と兄たちを見ながら納得したように言う。
「そりゃ、四男だしな」
「サラちゃんのお兄ちゃんって言うより弟って感じ」
「は?」
流石にそれは無いだろう。
『あなたを兄と思った事はありません』
サラに言われた事を思い出す。
……無いよなぁ?
「タクミは別に弟っぽく無いよな。双子の弟なのに」
なんとなく俺が言う。
「弟じゃないし」
タクミが笑って答える。
まあ、トラブルメーカーのイクミの尻拭いしてるのはタクミだし、姉じゃなく手のかかる妹って感覚なのかもな。
「じゃあ、俺たちも奥の捜索に行くから、またしばらく会えないな」
ジロー兄さんが言う。
「ワーウルフの死体が消えた事もあるし、正直、ダンジョン内の謎は前よりもずっと深くなってる。ユカの事はどう解決すればいいか分からないが、探すしか無いだろう」
イチロー兄さんから弱気な言葉が出てくる。
「シロウ! お前はダンジョン温泉で最強の剣士だって世界中のダンジョンでも評判なんだから、頼りにしてるぞ」
そう励まされる。
「サラも大聖女として評判だけど、力があるだけの子供だ。身近な存在に命を狙われて平気なわけが無い。側にいるお前たちで守ってやれ!」
去っていく兄たちの言葉に俺もタクミも深く頷いた。
俺たちも、まずはユカの手がかりを探すために事件のあった場所に向かう。
そこまでの道は、昨日、俺とアカネが散々倒したからモンスターは一切出なかった。
兄さんたちが言ったように、あの雑魚モンスターの中に本物のユカがいた可能性は低いが、肝が冷える。
現場ではギルドの捜索隊が何人か熱心に何か動いてる。
その先のユカが逃げた先にも捜索隊はいたが、無数に広がる道が捜索の困難さを物語っている。
「どうする? 何処かの道を探してみる?」
タクミの提案に、そうするしか無いだろうと絶望的な気持ちになった。
「そう言えば、ワーウルフの死体が消えてたんだったね」
ずっと何か考えて居たらしいイクミが思い出したように口にする。
倒したはずのワーウルフの死体が、ギルドが回収しに行ったら消えていた。
つい数日前の事だ。
「ダンジョンのモンスターが“闇”と“光”の組織に分かれてるなら、仲間が回収したんじゃない?」
イクミが言う。
「……そうだな、きっと」
俺は特にそれ以上の感想もなかったが、イクミが続ける。
「つまり、“闇”か“光”、どっちかは知らないけど、どちらかは、私たちの行動を監視して、自分たちに必要な行動を取ってるって事じゃない?」
「は?」
考えてなかったが、そう言う事になるのか?
人間に仲間の死体を回収させない為に動いた。
それだけ細やかな監視体制がモンスター側にあるのか?
「なら、ユカの行動はおかしいな。監視してるなら、仲間と連携を取ったはずだろう……」
それに、俺はあの時、ワーウルフの死体が消えた事は話してない。
“闇”側のユカは監視体制を知らない。
「俺たちを監視してるのは“光”なのか━━?」
「そう。もしかしたらだけど、3年前のモンスターの入れ替わり事件も“光”側は把握してた可能性があると思うの」
「無闇に本物のユカを探すよりも、“光”を探して協力を仰いだ方がいい、そう言うことか?」
俺の言葉にイクミが頷く。
ダンジョン内で新しい何かが動き初めていた。
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