第39話
会議室での話し合いを始めてから2時間くらい経っていた。
ユカの目的は、大聖女のサラを殺害する事。
ダンジョン内にはユカが所属する“闇”のモンスターグループと、
青髪の冒険者改め、青髪のプリンスの“光”のモンスターのグループがいる。
“闇”と“光”はダンジョン内で対立してる。
“光”のグループは、“闇”の対だからで、青髪のプリンスがイケメン過ぎるから良い奴に違いないから。
「大体こんな所だけど、イケメンだから良い奴は流石に安直だろ? むしろイケメンに良い奴なんていない」
「嫉妬するな、タクミ」
「だから、なんでロウくんが言うんだよ」
タクミは不満そうだ。
まあ、俺も流石に良い奴って決めつけるのはまだ早いと思うが……。
「交渉できるとしたら青髪のプリンス様のグループしかないんだよ。“闇”とはユカの事や、サラちゃんを狙ってる事で、もう交渉の余地は無いんだから」
イクミが冷静な見方を示す。
イクミはふざけてるようで、妙に論理的なんだよなぁ。
「交渉って……、モンスターと!?」
アカネが驚いてる。
「同じ“闇”と敵対してるんだから、協力できる余地はあるはずだよ。こっちには強力な交渉人が居るんだし!」
自信満々に言うイクミだが、交渉人って……。
「ミカちゃんとサクラさんだね」
と、タクミが言う。
「……お母さんかぁ……」
アカネが頭を抱えてる。
サクラさんはダンジョン温泉一の旅館の女将でアカネの母親だ。
道具屋の三つ子のミカと同じく守銭奴で有名なのだ。
ダンジョン温泉は彼女達のおかげで安泰だと言われている。
しかし、ミカは……。
三つ子の一人のユカの身体が3年も前からモンスターに乗っ取られていたと知ってショックを受けている。
会議室に入る前にも、三つ子のユミと一緒に啜り泣く声がギルドに響いていた。
交渉なんて出来る状態じゃない。
「すぐに交渉できるなんて思ってないよ。青髪のプリンス様が何処に居るのかも分かって無いのに」
イクミが言うと椅子から立ち上がる。
「まずは、本物のユカを探さないと」
昨日の今日で、事情聴取の後で直ぐに会議室での話し合い。
休む暇もないようで、身体はスッカリ回復してダンジョンを求めてる。
「アカネも行くのか?」
俺が聞くとアカネは首を振った。
「サラちゃんが心配だから待ってるよ!」
まだ事情聴取を受けてるサラ。
ミカとユミもまだギルドから解放されてない。
『じゃあ! 本当のユカは何処に居るんですか!?』
ユミがサラを責める言葉が反響する。
あの内気なユミがあんなに激昂するなんて……。
事件の後で動転してサラに怒りが向いたんだと思うが……。
3人がまた鉢合わせするのは不味い。
アカネが付いていてくれたら安心だろう。
俺、タクミ、イクミは準備してからダンジョンの入り口で待ち合わせをする事にした。
昼の時間はとっくに過ぎてるが、昼食をとってない事を思い出す。
実家の食堂で直ぐ上の兄のサブローくんが、ダンジョン素材の料理の新作を作ったから食べに来いって言ってたんじゃなかったか?
夏休みに帰省してから色々あって、初日に寄ったきり両親にも会ってないし、食堂に行くか。
そう思うと、
「僕も行くよ」
と、タクミが付いてくる。
イクミはアカネとギルドの温泉に入るらしい。
こう言う時にタクミは良く食堂に来るから、サブローくんとも仲がいい。
「楽しみだな! 新作ダンジョン料理!」
「……僕は普通の定食を食べるよ」
ダンジョン料理は珍しく観光客には受けてるが、リピーターはいない。
美味いのに!
「タクミ!」
ギルドから出るとタクミとイクミの母親に会った。
ここで会うのは、珍しいなぁ。
「ロウちゃん、大丈夫だった!?」
真剣な目で俺を心配してくれる。
ユカの件はもう既にダンジョン温泉全体に広まってるらしい。
傷はサラの回復魔法で治ってるが、俺が瀕死になった事も伝わっている。
心配させてしまって申し訳ない。
「ロウちゃんなら他にもいい子がいくらでも寄ってくるから大丈夫よ」
って、そっち!?
食堂に着くまで何人かに心配された。
モンスターが人間に擬態してたことを不安がったり、道具屋の三つ子の事を心配したり、考えてる事は色々だった。
「シロウくん、他にも可愛い子は居るからね!
ただ、みんな、俺の心をえぐるのはやたら上手い!
食堂に着くと俺は魂が抜けたように、テーブルに突っ伏した。
昼の忙しい時間が過ぎてほとんど客のいない店で、テーブルに母さんが水を運んでくる。
「大丈夫? シロウ」
母さんは俺の前に水を置くと、タクミに向き直って、
「タクミくんも、大変だったわね」
言いながら水を置く。
別にタクミは大変じゃ無いと思うが?
「仲間を失ったのはみんな一緒だろう」
タクミは言う。
確かになぁ。
ダンジョン温泉も観光客がいるから、一見いつも通りに見えるけど、内心の動揺は凄まじいだろう。
それでも、客がいる限りは動き続けないといけない。
なんだか悲しいな。
「へい、お待ち!」
ドンっと、テーブルに可愛らしく盛り付けられた皿が運ばれてきた。
サブローくんの新作ダンジョン料理だ。
タクミにはいつもの唐揚げ定食だ。
注文しなくてもいつも決まったメニューをサブローくんが運んでくれた。
「生姜焼き定食にしようと思うのにまた忘れた」
とタクミ。
「すまん! タクミ! 俺も忘れた!」
サブローくんが謝る。
ここまでがいつものやり取りだ。
タクミの定番メニューは唐揚げ定食なんだが、実は本人は生姜焼き定食が食べたいと。
常連だけど、たまにしか来ない故の悲しいルーティンだった。
「上手いか? シロウ」
サブローくんが俺に向き直って言う。
「上手い! いつも通り最高だよ」
タクミが少し嫌そうに眉をひそめる。
定番の食事シーンだった。
「兄さん達が帰って来てたんだ」
サブローくんが言う。
「10階の強敵モンスターに随分前からベテランの冒険者がつきっきりになってただろう? いつの間にか海外のダンジョンから帰って参加してたらしいんだ」
「そうなのか?」
相変わらず兄さん達は自由だなぁ。
「今はユカの事があって10階はひとまず解散して、8階で本物のユカの手がかりを探してる」
「全く帰ってきたと思ったら挨拶もしないで行っちゃうんだから、男の子なんて産むんじゃないわね」
母さんがテーブルを拭きながらぶつぶつ言ってる。
「8階に行く前に、ちょっとだけ兄さん達が顔を出してから母さんが怒ってるんだ」
帰ってきたのに挨拶もなくダンジョンに潜ってたら怒るだろうなぁ。
「いつものことだから期待してませんでしたけどね! あら、こんな時間、夜の仕込みをこしらえないと!」
ぷりぷり怒りながら母さんが食堂に入った。
兄さん達があんなだから、俺とサラの方が連絡があるだけマシと、自由にダンジョンに潜れてたんだろう。
「ああ言ってるけど、お前の事だって心配してるんだよ。母さんは」
サブローくんが苦笑しながら言う。
「でも、サラは大聖女って言われてるけど、女の子だ。本人が進んでやってるとは言え心配なんだよ」
それは俺もそうだ。
「兄貴として守ってやってくれよ」
俺は深く頷いた。
「タクミもな」
サブローくんが付け足すと、タクミも無言で頷いた。
サラの存在はダンジョンだけでなく家族にとっても大事だ。
「なんか美味しそうだね。今回のダンジョン料理は」
シリアスな話に照れたのか、タクミが不意に言う。
「美味いぞ、一口食べるか?」
タクミが一口食べる。
「おええぇぇぇ!」
タクミがすごい声を出しながらかがむ。
「あーあ、こんな声出されたら観光客向けでも出せないなぁ」
サブローくんが言うと、
「美味いのに」
ともう一度俺が言う。
「おええぇぇぇ!」って声をしばらく響かせた後に、タクミがやっと立ち上がる。
「サ、サブローくん、あ、味見してないの?」
「そりゃ、しないさ。シロウは不味いのしか食わんし」
当たり前のことのようにサブローくんは言う。
「ん?」
俺は、腑に落ちない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます