第30話

「サラ先輩、アカネ先輩、おはようございます!」

集合場所のダンジョン入り口に私とアカネちゃんが一緒に行くと、ミカが大声で手を振ってくれた。

「た〜くさん、集めて!た〜くさん、儲けるぞ!」

相変わらずだ。


残りの三つ子の2人も小さく挨拶する。


兄さんはまだいない。

寝坊したのかも。

でも、私より先にユカに会ってなくて良かった。


「サラさん、今日は私たちの素材集めに同行していただきありがとうございます」

ユカが頭を下げる。

真面目だ。


いつものユカと変わらない。

いつもと変わらないユカの真面目な顔に、昨日の夕暮れの風景が重なる。


昨日、兄さんにキスしてたユカ。

私とアカネちゃんがそれを見ていた事をユカは知らない。


現場を見てなかったら、私もいつもと変わらなかったんだろうけど、見てしまったからそうはいかない。


「安全に、たくさん採取しましょう。ユカ」

いつも通りに笑って言ったつもりなんだけど、顔の筋肉が動く感覚があった。

表情の動きに注目してしまう自分が、もう平静じゃない。


「アカネ先輩も来てくれたんですか!」

ユミが嬉しそうに言う。


「急に来ちゃってごめんね」

「そんな事ないです! 嬉しいです!」

本当に嬉しそうなユミの様子に、ホッとする。


アカネちゃんはとっても良い子だから嫌がられる事はないと思う。

けど、私が、兄さんとキスしたユカと一緒にいるのが気まずくて一緒に来てもらったんだ。

正当じゃない動機が後ろめたい。


ユカはアカネちゃんが参加する事、どう思ってるんだろう?

チラッとユカを見る。

ジッとアカネちゃんを見つめてるだけだ。


そして、思い出したようにユカが言う。

「あ、アカネ先輩、ギルドに報告してませんよね? 同行者として登録しに行きましょう!」

真面目だ。


ギルドへの依頼は、同行者や時間等が厳密に決められてる。

変更があればギルドへ変更届けを出さなければいけない決まりだ。


真面目なユカはアカネちゃんを連れてギルドまで行ったけど、実際はそんな決まり全く守られてない。

大聖女って言われてる私も、全く守ってないし。


ユカの融通の効かなさにはいつも呆れたり、見習わなくっちゃって思わされたり。

今日は、ユカの真面目さのお陰で一旦距離が取れて、張り詰めてた緊張が解けてホッとしてる。


「サラ先輩、それで、今日の予定なんですけど……」

ユカの去った方を見つめていた私に、ユミが話しかける。


「あ、うん。どうするの?」

今度はちゃんと自然に笑えてる。


「大量に必要な素材と、少量で良いけど面倒な場所にある素材が必要なんです」

ユミが説明する。

「じゃあ、最初は面倒な場所から行きましょうか」

「そう思ってたんですけど、シロウ先輩も来てくれるなら二手に分かれるのが良いかなって」


んっ?


「……ああ、じゃあ兄さんと私が……」

「いえ、サラ先輩には私達2人を守って欲しいんです。8階は危険ですから、レベルの低い私達には大聖女のサラ先輩が付いていて貰えると安心です。面倒な方はシロウ先輩の方が慣れてるだろうし、ユカが付いていけばサラ先輩ほどじゃないけど回復も出来るし」


ぐうの音も出ない完璧な計画だ。

高レベルの私と兄さんが、低レベルの三つ子を分かれて守るって、反論しようがない。


だけど、ユカと兄さんを2人っきりにするって……!


ふ、2人っきりでだからって依頼だし、ダンジョンだし!

やましいことが起こるなんて事は……!


また、昨日の風景が浮かぶ。

夕暮れに薄闇の中で、2人の影が重なって……。


『可愛い弟子と不出来な兄がキスして……』


ダ、ダンジョンだって危険だ!


「ユカをシロウ先輩と一緒にするの、ちょっと心配だったけど、アカネ先輩が来てくれて良かったわ〜」

ミカが言う。

「兄さんと一緒にするのが心配って?」


「ユカってシロウ先輩が好きっぽいんですよ。私に似て可愛いし、2人っきりにして大丈夫かなって」

「そ、そうだねぇ」

ミカに、照れたよう少し赤くなったユミも同意する。


……。

私はサーっと顔から血の気が引くのを感じた。


兄さんに向けるユカの視線が意味ありげに見えていたけど、やっぱり。

三つ子の姉妹もユカの気持ちに気づいてたんだ。


ちょうど、ユカがアカネちゃんとギルドから戻って来た。

兄さんも一緒だ。


兄さんはギルドに泊まってるんだから、ギルドに行った2人と一緒でも仕方ないけど。

ムカムカと怒りが込み上げて来る。


こっちに向かってくる兄さんは私を見て、ビクッと一瞬怯んだ。


隣のユカの兄さんを見る視線は、いつもと変わらなかった。


兄さんの方は私に向ける視線とずいぶん違ってる。

昨日までもこうだったかしら!?


ムカムカする気持ちが止まらない。

2人の間にアカネちゃんが居てくれて良かった。

ありがとう、アカネちゃん!


◆◇◆


俺、シロウが目を覚ますと8時を過ぎていた。


『集合時間は8時30分です』

ユカが言っていた言葉を思い出す。

集合時間までもう30分ない。


が、身体はすぐに動かなかった。


昨日のサラの顔を思い出す。

怒ってったなぁ。

でも、去り際の一瞬の表情が悲しそうだった。


いや、弟子と兄がキスしたのがそんなに嫌だったのか! サラッ!!


後の事はアカネに任せて帰ったけど、アカネも怒ってたような……?


とにかく、これからサラとユカと素材採取だ。

三つ子の他の2人も一緒とは言え、気が重い。


ベッドの上で大の字になる。


しばらくそうしていたが、行くしか無い。


8:27

集合場所はギルドの横のダンジョン入り口だ。

走れば間に合う。


急いでダンジョンの受付を通り過ぎようとすると、受付にはアカネとユカがいた。


「シロウ遅刻!」

俺の顔を見るなりアカネが言う。

「まだ時間じゃないだろう。って、アカネも来るのか?」


ユカが受付で書類を書いている。

「ユカ、名前は自分で書くよ」

アカネが言うと、ユカから渡されたペンで名前の部分だけ書類に記入する。


たしか、依頼主は同行者が増えたりしたら変更届をギルドに出すのが決まりだ。

本当に書いてる奴を見るのは初めてだけど。


今の受付は夏休みに俺がダンジョン温泉に戻って最初にあったマツキさんだ。

「へー、最近の子は真面目だねぁ」

なんて、驚いたり、感心したりしてる。


そっちで作った決まりなんだが、ギルドも相当ゆるいなぁ。


「あ、集合場所時間も変更しないと!」

変更届けを書いているユカが慌てて言う。

「シロウが遅刻するから遅くなっちゃったもんね!」

「いや、アカネが急に同行するからだろ!」


そんな事を言い合っていると、ユカが書類を書き終える。


「シロウ先輩、おはようございます」

ユカは俺に丁寧に頭を下げて挨拶をする。

「お、おはよう」


顔を上げたユカは俺をジッと見てる。

見慣れてるはずの顔なのに、なんだかいつもより可愛く見える。

俺に対する敵対心も感じない。


「はい、行こう!5分遅れてるよ」

俺とユカの間に入ってアカネが言う。


ユカと2人で見つめあったままになりそうだった。


気軽に話せるアカネが一緒に来てくれて良かった!

ありがとう! アカネ!!


ギルドを出るとすぐにダンジョンの入り口が見えた。


三つ子とサラが居ると思って見ていた俺は、ビクッと一瞬だけ怯んだ。


サラの代わりにモンスターが居たからだ。

あ、いや、サラだった。


昨日から引き続き、ものすごく怒ってるサラがいた。

なんとかしてくれたんじゃないのか? アカネっ!?


「んー? どうかした? シロウ」

アカネが呑気に、怯え切った俺を見る。

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