第10話
アカネちゃんと私はダンジョンの外に出た。
入り口で警備をしていたコタニさんは私達の姿を見ると喜んで飛んで来てくれる。
「サラちゃん!良かった!赤ちゃんも無事だね!」
直後に、探してくれていたギルドメンバーに連絡する為にギルドに戻ると私とアカネちゃん、もう1人の警備のキリュウさんにも伝えてダンジョンを出て行った。
私とアカネちゃんもそれぞれ寝ている赤ちゃんを抱いて、起こさない様に赤ちゃんの両親の待っているらしいギルドに向かった。
赤ちゃんの寝顔はとても可愛くて天使みたいだった。
起きている時も可愛かったけど、落とし穴の先で危険から守ろうとしているのに、元気すぎて振り回されてハラハラさせられた子達と同一人物とは思えないくらいだ。
2時間くらいだったし、移動した距離は少ないのに、ドッと疲れた。
それに、アカネちゃんは軽々と赤ちゃんを抱いて歩いているけど、私には赤ちゃんはちょっと重い。
腕が疲れてきたけど、赤ちゃんを落としたら大変だから、気を付ける。
「サラちゃん、大丈夫?疲れてない?」
アカネちゃんが優しく聞いてくれる。
本当に疲れていたら無理する訳にはいかないけれど、あと少しのギルドまでなら問題ないだろう。
「大丈夫だよ。ありがとう」
私は安心させる為と優しさのお礼に微笑んで伝える。
「そう。でも、ダンジョンに戻るのは無理しなくていいよ」
「え?」
ピクリと、私の身体が反応する。
「で、でも、回復は必要でしょう?」
「薬草とか、回復薬をたくさん持って行くから大丈夫……、じゃないかもしれないかあ。サラちゃんの回復魔法が1番だもんね。でも、本当に疲れてたら無理しなくてからね」
アカネちゃんはいつも思いやりがあって優しい。
裏表が全然ないんだ。
「うん、そうする」
ギルドでは赤ちゃんの両親が待っていて、平謝りで迎えてくれた。
正直に言うと、私は今回の事は、看板の位置とか落とし穴の調査不足とか、多分にギルドにも非があると思うんだけど、私がギルドとは無関係の高校生という事で、謝罪とお礼を言われる状況になっていた。
ちょっとズルい。
ギルドと無関係って言うのは、高校生はバイトは出来てもギルドに所属出来ない決まりになっているからその通りで、私はバイトもしていないから本当に無関係なんだけど、子供の頃から大聖女なんて扱いを受けて、まあ、こき使われて、でも、ギルドからはとても大事にされていた。
他のダンジョンや冒険者からは、大聖女サラの香夜温泉ダンジョンと、むしろ代表くらいの勢いで認知されている。
まだ高校生だから外向けには出ていないから観光客には知られていないけど、無関係とは言えないよねぇ。
でも、赤ちゃん達は無事だったし問題が大きくなるような事は言わなくていいよね。
もちろん、看板の位置とか、言わなきゃいけない事は後でギルドにキチンと言うけど!
赤ちゃん達はお母さんとお父さんの腕の中でぐっすりと寝ている。
双子の名前はアユミちゃんとタカユキくんと教えてもらった。
よっぽど疲れていたのか、私からお母さんへとアユミちゃんを、アカネちゃんからお父さんへとタカユキくんを、移動させる時の振動でもピクリとも動かなかった。
体重の重さを知らなければ、ぬいぐるみのよう。
起こす心配は無さそうだけど、そっと静かに別れてギルドを出てきた。
「じゃあ、行こうか」
アカネちゃんに言われて、私は頷く。
アカネちゃんの腰のポケットに入っている、兄さんの鈴に共鳴する対の鈴の音は止まっている。
ダンジョンに充満している魔力が鈴を共鳴させるから、ダンジョンの外では魔力が足りないのだ。
天使の鈴と呼ばれているこのアイテムの別名は、恋人の鈴。
まあ、対になっている事からついた単なる商品名なのだけど、アカネちゃんと兄さんが半分づつ持っているのはちょっと気になる。
さっきも、何故か私を一緒に探しに来てくれたし、東京から一緒に帰って来たのかしら?
2人は、東京では会っていたのかなぁ。
ーー去年の夏。
オレンジの竜に酷い敗北をした日から、兄さんは勉強を始めた。
ダンジョンに一緒に行っていた仲間とも話している様子はなく、兄さんは一人で孤独に過ごしていた。
私も『あんな事』を言ってしまったから、気まずくて兄さんを避けてしまっていた。
あの事で、兄さんが知ってしまったから、変わってしまったの?
それは絶対に『知られてはいけない事』だったのに。
私は、自分の軽率さが嫌になった。
秋になっても、冬になっても、兄さんは勉強を続けて、とうとう春に行ってしまったーー。
『あんな事』を言ってしまったのは私だから、引き止める事なんて出来なかった。
また、余計な事を言ってしまいそうで話すことも出来ずに、本当はずっと一緒にいて欲しいのに伝える事も出来ずに、行ってしまった。
兄妹だもの。
血のつながりがあるのだから、今生の別れにはならないけれど、兄さんは私に、もう会いたくないんじゃないかな。
あれから私は、悩んで、悩んで、後悔して、悲しくて、淋しくて、苦しかったのに。
兄さんは、アカネちゃんと隠れて東京で会っていた!?
兄さんとアカネちゃんが一緒に助けに来てくれてから、ずっと頭の中で都会の街を仲良くデートする兄さんとアカネちゃんがグルグル回ってる。
まあ、いいの。
私の所為で兄さんが戻って来れなかったら困ると思っていたから。
会えて嬉しい。
私の希望は、家族として兄さんとずっといたい、だもの。
兄さんのいない間のダンジョンはとても寂しいところだった。
今まで兄さんがいる時も、ギルドの人に頼まれたり、弟や友達の訓練に付き合ったり、ダンジョンに行く時はいつも兄さんと一緒だったわけじゃない。
兄さんとダンジョンに行く方が少なかったくらいだ。
でも、私は兄さんとダンジョンに行くのが楽しかった。
強い兄さんとずっと奥の方まで行って強いモンスターを倒して、兄さんの役に立てる事が嬉しかったの。
その為に、大聖女って呼ばれる事にも慣れて、誇りも持てていたの。
でも、兄さんのいないダンジョンは寂しくて違和感だらけだった。
私がここにいる意味が分からないまま立っていた。
大聖女なんてなりたくてなったわけじゃないのに。
兄さんを追いかけていただけなのに。
私はもうここから逃げる事も出来ない。
だから、兄さんがここに戻って来てくれないともう会えないの。
アカネちゃんが兄さんの、ここに戻って来る理由になっているなら、それでも良いじゃない。
ギルドから少し歩くと森の木が多くなり、山肌にポッカリと開いたダンジョンの入り口が見えた。
後ろを振り返ると、ギルドと少し下り坂になった所に温泉街があり、明かりがつき始めていた。
開けた空が朱く染まりはじめている。
「あ〜!もうこんな時間か。私、まだ家に帰ってないのに」
アカネちゃんが言う。
「アカネちゃん、今日、兄さんと一緒に帰って来たのよね?」
何気ない風に聞いてみる。
「うん。バス停で別れて家に向かう途中で、マツキさんがダンジョンで何かあったって言うから、引き返してシロウとダンジョンにそのまま向かったの」
……やっぱり、兄さんとアカネちゃんは一緒に帰って来たんだ……。
……。
「偶然会ったのよ?」
「ーーえ?」
アカネちゃんの優しい声に、私は間の抜けた声で答えた。
「新幹線からの乗り換えで電車を待ってたらシロウが居たんだよ。だから、一緒に帰って来たの」
そ、そうだったんだ。
間抜けな顔でアカネちゃんを見つめてる自分が居る。
「シロウが戻って来るか不安だったから、見つけた時は嬉しかったよ。出て行った時の、俺に誰も話しかけるなって雰囲気じゃなくなってたし。サラちゃんも心配だったよね」
「……うん」
「妹のサラちゃんを差し置いて、東京で会ってたんじゃないからね!」
「え!?」
アカネちゃんの話に自分の心が軽くなって行くのが分かった。
でも、私って、そんなに分かり易かったのかな。
アカネちゃんに私が嫉妬してたって思われてる。
……まあ、そうだったんだけど。
「ありがとう、アカネちゃん」
私は微笑んで言う。
「その笑顔だよ!サラちゃん!」
「え?アカネちゃん、何の事?」
いきなりの事に戸惑う私。
「電車でシロウがね、妹に見捨てられた〜って悩んでたみたいだから。それで、ダンジョンにも行かず勉強して大学生になったのよ。アイツ」
アカネちゃんの言う事が分からない。
私が兄さんを見捨てるなんて、あるわけ……。
「え?」
もしかして、『あの事』を兄さんは、そう受け止めたの!?
そんな誤解をされているなんて考えもしなかったけど……。
アカネちゃんが全てを悟った様な、諦めた様な弱々しい微笑みで私を見ている。
ああ、そうか、そうなんだ。
アカネちゃん、あり得るんだね、兄さんなら。
私もアカネちゃんと同じ微笑みを得た様な気がする。
「じゃあ、行こうか。ダンジョンへ」
アカネちゃんがダンジョンの中へ入っていく。
「笑顔だよ、サラちゃん」
うって変わった笑顔で。
「……うん」
私は、まだ兄さんの前で笑顔になれる自信がなかった。
だって、久しぶりにあった兄さんは、ずっと大人っぽくなっていて、恥ずかしくて顔を見ていられないから!
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