第4話
ここはどこなんだろうか?
オレンジの竜と対峙しながら考える。
稀なワープ現象で飛ばされた先だが、見覚えがなかった。
ダンジョンの地下ではあると思うが、攻略が進んでいる10階までにこんな場所はない。
飛ばされてすぐに、ここまでは推測したが、それ以上の答えはなかった。
つい数時間前に、俺とアカネとサラで、簡単な依頼をこなす為にダンジョンの地下4階に入った。
初心者向けの3階までとは違い4階以降はレベルの高い敵も多く、観光客は立ち入り禁止だったが
俺たちは子供の頃から来ているし、高校生になってからはバイトで依頼を請け負っているから慣れたものだった。
依頼の品を入手した後は、アカネが魔法の練習をしたいと言うのでしばらくダンジョンにとどまった。
どちらかと言うと、アカネの訓練に付き合うために簡単な依頼を見繕ったようなものだった。
しかし、訓練に来ている冒険者の為にも、モンスターは倒しすぎてはいけないから程々に切り上げようと入り口に戻る為に歩き出した時に、俺たちの周りの空間が歪んだ。
気づくと俺たちは別の空間にでていた。
さっきまでの自然に出来た岩からなるダンジョンの壁が、人工的な滑らかなタイルの壁に変わっている。
ダンジョンではごく稀にこう言うことが起こる。
5階層ほど勝手に移動してしまうのだ。
30年のこの香夜温泉のダンジョンの歴史の中でも数える程しか起こっていない稀な現象だ。
俺はすぐに理解して、嫌な予感がした。
サラも理解していた様だが、アカネは「なんだろう」と呑気に構えている。
この場を離れるのが一瞬遅れた。
それが命取りになった。
何者かの攻撃が俺たち3人に直撃した。
重傷を負った俺たちだが、幸い回復士である妹のサラが直ぐに回復して体勢を整える事が出来た。
すぐに攻撃された方を向くと、そこには竜がいた。
オレンジ色の竜が立ち上がり俺たちを見下している。
ダンジョンには慣れていたが、竜はなかなか見る機会がない。
俺もこれが2度目だ。
大人たちに混じって10歳で倒した竜が俺の最初の出会いだった。
あの時は俺の剣が決まって、大人たちを助けた。
それから、俺は実力を認められる様になったのだ。
あの時もワープして竜の巣に行ってしまったんだっけ。
それがこの香夜温泉で最後に起こったワープで、それから8年は起こっていない事になる。
8年前が今と違うのは、ワープしたのがダンジョンに入った直後だったと言う事だ。
全員の体力と魔力が満タンだった。
今回はダンジョンを出る直前で、体力や魔力も消耗している。
特にサラには、アカネの訓練だけで戻るつもりだったから、魔力を使って回復とサポートを贅沢にして貰っていたのだ。
サラの魔力は今3人を回復させた事で無くなっているはずだ。
回復手段は無くなったが、直ぐに倒せばいいと俺は思った。
前回の竜とは少し毛色が違うが、俺は竜を一度倒している。
それから8年も場数を踏んで成長した。
今はあの時の大人たちはいない。
たった1人だけど、アカネも居る。
だから、倒せる!
俺は剣を握り締めて、オレンジの竜を切り付けた。
しかし、直ぐにその考えが甘かった事を思い知る。
攻撃が全く効かないのだ。
渾身の力を込めて叩きつけた剣が、竜の鱗に跳ね返される。
何度か試しても同じだった。
剣を叩きつけた衝撃が自分にそのまま跳ね返ってきて、自分の体力が削られる。
魔法剣士のアカネの攻撃では多少のダメージを与えられた。
魔力でのみダメージを与えられるタイプのモンスターなのだろう。
このダンジョンの現在探索中のフロアには居ないが、外国のダンジョンにはいるらしいと言う報告は聞いていた。
しかし、アカネは魔法剣士とは言うが下級魔法が少し使える程度で竜に致命傷を与えられるほどの魔法は習得していない。
だから、さっきまで中級魔法を使えるように訓練していたのだ。
アカネから受ける多少のダメージなど気にせずに、オレンジの竜は攻撃を止めない。
オレンジの竜が口から吐き出す火炎の攻撃と尻尾の攻撃を避けながら次の手を考える。
疲れを見せないオレンジの竜とは違い、俺とアカネは訓練からの連戦で疲れていた。
一体ここは何階なのか。
香夜温泉のギルドが正式に認定しているのはダンジョンの10階までだ。
そこまでなら俺たちも日常で降りて戦っている。
それ以上の階層は正式な探索許可が降りていないのだ。
稀なワープで移動するのは5階層ほどだから、10階でワープに遭遇したら15階かもしれないが、ワープは4階からだから9階までの筈なんだ。
階層がわかった所で状況は変わらないのだが、どこなのかがひたすら気になる。
勝てない言い訳が欲しかったのかもしれない。
一瞬の隙に竜の尻尾の攻撃がサラを直撃する。
が、アカネがそれを直前で受けて庇う。
しかし、防御が間に合わずに、致命的にダメージを負うのは確実だった。
俺は防御を犠牲にしてアカネとオレンジの竜の尻尾の攻撃の間に辛うじて割り込む。
即死は免れたが、俺もアカネも身体を動かせない程のダメージを負ってしまう。
サラだけが無傷でホッとする。
サラがこの攻撃を受けていたら助からなかった筈だ。
しかし、尻尾の体制を整えたオレンジの竜の次の攻撃がサラの目前に迫っている。
サラが迷わず俺に回復魔法をかける。
わずかに俺の身体は回復したが、それがサラの最後の魔力なのだろう。
俺はサラの期待に応えるべく竜に立ち向かうが、ジリジリと追い詰められるだけだった。
体力と気力の限界から次の攻撃で最期だと悟るが、いっそ死ねたら楽になるのに。
サラが信じて回復してくれたのに、戦いきれない自分の無力さに絶望する。
熱が目から涙のように体の内側を伝って全身を流れた。
悲しみの雫が、死への喜びを、怒りに変えた。
こんな所で妹の期待に応えられずに情けなく死んでいく自分への怒りが全身に駆け巡り熱を帯びた。
そうだ!ここで諦めたら、自分が弱い事を認めてしまう。
こんな所で負けるわけには行かないんだよ!
感覚のなくなっていた身体に痛みが戻った。
背中は広範囲がヒリヒリと焼けている。
内臓まで焼け付くような痛みもあった。
痛みの感覚が戻ると、次で最後と言うのは弱気になっていたから出た出鱈目な予測という事はなかった。
実際に攻撃を喰らったら次が最後だろう。
痛みに気を取られている暇はなかった。
俺は握りしめていた剣の重さだけを感じて、指先に力を込める。
けれど、どんなに怒りを燃やした所で結局は勝てない。それは分かっている。
悲しみにまた負けそうになる。泣きたい気持ちが顔を覗かせる。
けれど、その悲しみを怒りに変える。
さっきまでと違う怒りの意思のこもった目でオレンジの竜を睨み付ける。
せめて最後まで諦めずに死にたい。
次の攻撃が来たら剣を思いっきり叩きつけて走る。
サラとアカネを抱えて逃げる。
オレンジの竜が口を開き火炎の光が見えた。
ーー今だ!
オレンジの竜の懐に飛び込んで思い切り剣を叩きつける。
同時に俺の横を炎が掠めてオレンジの竜の口に飛び込んでいった。
アカネが魔法を使ったのだ。
多分、ずっと練習していた中級魔法をこの土壇場で使えるようになったらしい。
俺の剣とアカネの魔法が同時に命中して、想定以上の衝撃をオレンジの竜に与えた。
考える暇もなく俺は身体を翻すと、魔法を放った直後の突っ伏した体から僅かに顔を上げているアカネが見えた。
アカネが作ってくれたチャンスを無駄にしない。
限界を超えたスピードで、アカネとサラのそばに駆け寄ると二人を抱えて逃げる。
どうやったのかは覚えていないが、右手でサラを抱えて、アカネを肩に担いでいた。
とにか体中が痛み喉が渇いて血を吐き出しそうに苦しかった事だけは覚えている。
無我夢中で走った先に広がった空間が見えてわずかに光を放つ鉱石が見えた。
「兄さん、太陽石!」
光に気付いたサラが口を開く。
鉱石の光は太陽の光に似ていて魔物は近づけないのだ。
これで助かった。
そう思った瞬間に力が抜ける。
肩に背負ったアカネの意識があったのか分からないが、かすかに呼吸で上下するアカネの体が地面に衝突しないように、自分の体を下に滑り込ませるように倒れ込む。
アカネは無事に俺の上に倒れ込んだようだが、意識があるとは言え殆ど俺に体を預けていたサラが支えを失いよろめく。
「兄さんっ!」
倒れた俺へのサラのかすかな声が最後に聞こえて俺の意識はなくなった。
気づくとテントの中にいた。
ほとんど使うことは無いが、緊急事態の時用にテントはギルドから冒険者に携帯が義務付けられていた。
多分サラがテントを張ってくれたのだと思う。
テントはダンジョン用の魔法具で、普通のテントとは違って扱いやすいが、それでも平らな広い場所でなくては使えないなどといくつか制限があった。
鉱石の光を見て直ぐに倒れた気がするから、広い場所へ後一歩と言うところだったと思う。
サラがテントを使うには、俺たちを移動させる必要があったと思う。
非力なサラに面倒をかけた。
ーーごめんな、サラ。
自分の不甲斐なさに泣けて来た。
アカネがなんとか魔法を放ってくれたから助かったんだ。
俺だけだったら、サラをーー。
不意に顔を覗き込まれた。
サラの顔が見えた。
とっさに泣いている所を見られた、恥ずかしさにカッなる。
サラがホッとしたような笑みを浮かべている。
サラの目の端にも光るものがあった。
俺はまたしても込み上げるものがあった。
サラは俺の心配をしてくれていたんだ。
息をしているのかと顔を覗き込んで、俺の目が覚めるまで何度そうしていたのか?
サラは寝転がる俺の背中越しに座っていた。
もう顔を覗き込んだりはしないが、じっと俺を見つめている気配がする。
「ごめんな、サラ」
小さな声でサラに伝える。
返事は無かった。
「お兄ちゃんなのに、ごめんな」
もう一度伝える。
サラが息を呑む気配があった。
長い沈黙の後、サラが言う。
「ーーあなたの事、兄と思った事はありません」
俺には衝撃の言葉だった。
サラのは兄として、将来の大聖女の兄として頑張って来たのに、サラには兄と認められていなかった?
そうか、今日だけじゃなくて、俺はずっと足元にも及んでいなかったのか。
「すまない」
そう言葉にするのが精一杯だった。
重い気持ちを抱えて、空っぽの心で宙を見た。
気がつくと寝てしまった様でテントの中で回復出来た俺たちは、帰路についた。
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