第26話『雅さんの告白』

 みやこと、榊との思い出話や、振り返りきれない気持ちをぽつぽつと聞いていたりして、薬師寺家を出るころには、空は薄暗く、街灯がぼんやりと光を灯し始めていた。


 学校まではメイドの久遠さんが車で送ってくれた。

「目立たないように」とお願いし、裏門まで回ってもらう。


 車を降りると、そこには月島が立っていた。

 心配そうに眉を寄せ、俺たちを待っていたらしい。

 無理もない。京のスマホから月島に「京が家に帰っていて、今から学校に戻る」とだけ連絡はしたものの、それ以上のことは伝えられなかったのだから。


 開口一番、月島が駆け寄って京に尋ねる。


「京ちゃん、大丈夫……?」


 京は下を向き、返事をしようと口を開いた瞬間、瞳に溜めた涙がまた零れそうになる。


「私ね……みやびとの約束、破って……榊くんに告白したんだ……」


 声は震え、言葉の端々がかすれていた。


「でもね……ダメだった」


 その告白に、月島はわずかに目を見開いた。

 けれど、すぐにふっと優しい表情に変わる。


「……それでも、想いを伝えられたのは、すごいことだよ」


 そう言って、月島はそっと京の両手を包み込むように握った。

 その手は温かくて、まるで「ひとりじゃない」と伝えるように、強くも優しく引いていく。


「さ、戻ろ。みんな待ってるから」


 京は涙を堪えきれず、こくりと小さく頷く。

 そのまま二人は、夕闇に沈みかける校舎のほうへと歩いて行った。


 俺は追いかけなかった。

 今は、俺なんかじゃなく月島のほうが、京の隣に立つべきだ。

 そう思って立ち尽くしながら、校舎へと向かう二人の背中を、しばらく無言で見送っていた。


 ……と、そのとき、不意に胸にひっかかるものがあった。

 忘れていた。雅のことだ。

 気づけば、文化祭の終了時間は過ぎている。

 今は後夜祭の時間だ。


(……雅は、もう告白したのか……?)


 そんなことを考えながら、裏門から校舎の間を通って校庭までの道を歩く。

 そして校庭に近づいてくると、校舎の陰からオレンジの光が見えた。


(そうか、キャンプファイヤーか)


 普段なら絶対にスルーするイベントだから、キャンプファイヤーやフォークダンスがあるのを今思い出した。

 中央の炎を囲むように、クラスメイトや他校の生徒までもが手をつないでフォークダンスをしている。それを外から眺めたり、写真を撮ってはしゃいでいる生徒たちの姿もある。


 その輪の中に──見知った顔があった。

 雅。そして、その隣に榊。


 二人は、自然に、当たり前のように手を取り合って踊っていた。

 この事実が示していることは一つ、雅は告白に成功した。フォークダンスを一緒に踊るくらいに。


 俺は近くの階段に腰を下ろし、その炎に照らされた二人の姿をただ見つめた。

 キャンプファイヤーの火の粉が、夜空に弾けては消えていく。


(……おめでとう、雅)


 そう思う気持ちと、胸の奥に沈む言葉にならない重さが、同時に存在していた。


 星の降るような空を見上げ、瞼を閉じる。

 京の涙を見たあとで──果たして俺は、雅の成功を素直に喜べるのだろうか。


 相談を受けた時点で、どちらかが負けることは確定していた。

 そしてこの結末は、最初からほぼ見えていたはずだ。


(……これで……よかったのか?)


 多々良のときも、京のときも、俺は「ありがとう」と言われた。

 だが──二人とも報われる結果にはならなかった。

 それは、俺のアドバイスの延長線上にある結果ともいえる。


「止めるべきだったのか?」と胸の中で問い直す。

 いや……月島が言ったように、「告白せずに終わるくらいなら、振られてでも伝えるべき」──それは確かに正しい。


 ……それでも。


(……俺は、何をしているんだろうな)


 虚しさと責任感の狭間で思考がぐるぐる回る。

 そのときだった。


「…………くん……」


 名前を呼ばれた気がして、ゆっくりと目を開ける。


「西宮くん!」


 目の前にいたのは、フォークダンスを終えた雅だった。

 汗と炎の光に照らされた笑顔で、俺を覗き込んでいる。


「……すまん、ちょっとぼーっとしてた」


「私、渚くんに告白できたよ! それで──付き合うことになった!」


 弾けるような声。勝者の宣言。


「おう……おめでとう。まあ、さっき踊ってるの見たから、なんとなくわかってたけど」


 そう返すと、雅はさらに嬉しそうに身を乗り出した。


「それでね、西宮くん、ありがとう! 西宮くんのおかげで、告白して付き合えたんだよ!」


「いや……別に、俺は何もしてないよ」


「そんなことないって! 背中を押してくれたのは西宮くんなんだから!」


 彼女の笑顔は、まぶしすぎて目を逸らしたくなるほどだった。

 けれど──その笑顔の裏に、涙で声を震わせた京の顔が浮かんでは消えない。


「それで、京は大丈夫? 連絡しても繋がらなくてさ」


 無邪気な声音。

 どうやら雅はまだ何も知らないらしい。榊も、雅には言っていないのだろう。


「……ああ、大丈夫。とにかく──おめでとう。よかったな」


 口から出た言葉は、少しだけ掠れていた。

 それでも、雅の笑顔を曇らせることはしたくなかった。


「うん!」


 雅は嬉しそうに頷くと、俺の両手を強く握りしめてくる。

 その温かさに驚き、思わず息が詰まった。


「ありがとう、西宮くん! 本当にありがとう!」


 満面の笑顔。

 その輝きは、京が流した涙と真逆すぎて、胸が痛むほどだった。

 ただ、その「ありがとう」という言葉は、少し救われたような気がした。


 雅の幸せを祝福したい気持ちと、京の無念を背負い込むような重さ。

 その二つがせめぎ合って、俺は目の前の笑顔と──背後で燃える炎をただ見つめていた。

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西宮くんの恋愛相談~アニメオタクに次々と恋愛相談が舞い込んでくる件~ 黒谷 イト @968_110

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