第25話『京さんの告白』

 前と同じように、京はベッドに腰を下ろし、俺はその正面に座る。


「ごめんね、心配かけちゃって。わざわざ来てもらって」


 京はか細い声でそう言う。普段の柔らかい調子じゃない。


「いや、そんなことはいいんだ。榊と……何かあったのか?」


 問いかけると、京は一瞬だけ目を伏せた。

 その仕草が、すべてを物語っているように見える。


「……別に、なんもないよ」


 作り笑いを浮かべながら言う京。

 けれど、握りしめた膝の上の手が、小刻みに震えていた。


「……そうか……」


 俺は深く聞こうとはしなかった。

 そんな沈黙が永遠のように感じた後、京が口を開いた。


「……なんとなく……わかってたんだ……」


 京が話し出す。もう作り笑いは見えない。


「雅には勝てないって……」


「……京……」


「ごめん西宮くん、実は私、榊くんにもう言っちゃったんだ……『好きです』って……」


 その瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。


(……やっぱり、あのとき……)


 けれど京の表情は、勝者のそれじゃなかった。

 涙を必死にこらえながら、無理に笑おうとしている。


「そしたら……『好きな人がいるんだ』……って……」


 短い一言が、重く部屋に落ちる。


「……」


 俺は声を失った。ただ、聞くことしかできない。


「その『好きな人』は……雅、だよね」


 掠れた声で吐き出した京の言葉に、俺は返せなかった。

 肯定することも、否定することもできない。


「榊くんは、『でも、これからも友達でいよう』って……」


 京は苦笑を浮かべる。


「バカみたいだよね……焦った挙句に抜け駆けして……告白して……振られて……」


 小さく肩が震える。

 ついに堪えきれず、頬を伝う涙がぽろりと落ちた。


「勝てないってわかってるなら……告白なんて……好きになるなんて……しなきゃよかったのかな……?」


 その声は、途切れ途切れに震えていて。

 俺は思わず椅子から身を乗り出した。


「……そんなこと、ない」


 京が顔を上げる。涙で濡れた瞳が、不安げに揺れていた。


「好きになったことを後悔する必要なんてないだろ」


「……でも、私……」


「確かに結果はつらいかもしれない。でもさ、京が榊に想いを抱いて伝えたこと自体は……間違いじゃない」


 言葉を選びながら、必死に続けた。


「伝えないままだったら、ずっと『もしも』を抱えて苦しむことになる。だから……勇気を出したその気持ちを、後悔に変えるなよ」


 京はしばらく黙っていた。

 そして、膝の上で握りしめていた手を少しずつ緩めていく。


「……西宮くん、優しいね」


「いや、優しいとかじゃない。俺はただ、京が自分を否定してほしくないだけだ」


 言い終えると、京は小さく息を吐き、涙を拭おうともしないまま、静かに微笑んだ。


「……まだ気持ちを整理できないけど……ありがとう、西宮くん」


 その笑顔は、ほんの少しだけ救われたように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る