第15話『雅さんの恋愛作戦』

(……女子の部屋、初めて入るんだよなぁ……)


 いつものように、月島という例外を除いて考えながら部屋の中に入る。


 みやびの部屋は、確かに豪邸というだけあって広かった。

 だけど、思っていたような「天蓋ベッド!」とか「ぬいぐるみタワー!」とかはなかった。


 机にベッド、本棚。広めだけど、割と普通。

 ただ、机の上には参考書や小物がいくつも積まれていて、自分の部屋ほどではないが、ところどころに生活感のある雑多さが見えた。

 普通、というのが落ち着く。


「どうぞ!」


 雅が俺を椅子に座らせ、自分もベッドの端に腰掛ける。


「お、お邪魔します……」


 ちょっと緊張して声が裏返った。

 さっきまでどんなに会話してても、やっぱり女子の部屋ってのは破壊力ある。


 雅はクスクスと笑いながら、俺の顔を覗き込んでくる。


「ねぇ、西宮くん。私の作戦、考えてきてくれた?」


「ま、まあ、一応……かな」


「わーい、ありがとう! 教えて教えて!」


 目をキラキラさせて前のめりになる雅。

 その圧にちょっとたじろぎつつ、俺は手を軽く上げて待ったをかけた。


「……その前に、榊くんのどこが好きかとか、ちゃんと聞いておきたいんだけど」


「え、インタビュー方式?」


「そりゃアドバイスするには情報いるだろ」


「なるほど~! じゃあ話すね!」


 雅は勢いよく頷いて話し出す。

 まるでライブ配信の配信者みたいなテンション。


「渚くんはね、小学校の頃はただの近所の子って感じだったんだけど、高校でまた会って、ソフトテニス部で一緒になって、いろいろ話してるうちに──なんか、気づいたら好きになってた、って感じ」


「なるほど、自然と惹かれていった系か」


「そうそう! なんかね、ちゃんと話を聞いてくれるし、気づいたら目で追っちゃってるし……」


 言いながら顔を赤らめる雅。

 でも恥ずかしがってもテンションは高い。不思議なバランス。


 俺は軽く頷きながら、頭の中で情報を整理する。


(これは……理由がはっきりしてない分、勢いに任せてるパターンか)


「で、そこからアプローチが難しいってわけか」


「うん! 話はするけど、友達っぽい会話ばっかりで……そこから先が踏み出せないの!」


「たとえば、放課後にどこか誘ったりとか?」


「それそれ! やりたいけど、急にそんなこと言ったら『えっ?』ってなるでしょ?」


「……初対面の俺を家に誘っといて、それ言う?」


 言った瞬間、雅の動きがピタッと止まった。

 そして次の瞬間、口をぽかんと開けたまま数秒フリーズ。


「……あれ?」


「いや、俺もびっくりしたからな? 『西宮くん、うち来て!』って言われて脳が軽くバグったからな?」


「う、うーん……じゃあ……私って……変?」


「いや、変じゃないけど……繊細なんだか大胆なんだか」


「そ、そうかな……?」


 首をかしげる雅。

 うん、そういう自然なとこが可愛いって思われるタイプだよな、って思いつつ──


「つまりだな、雅の中で『好き』の気持ちはあるだけど、行動しようとすると『女の子らしさ』とか『変に思われないか』ってとこでブレーキかかってる感じなんだと思う」


「……おお、それっぽい」


「なら、まずは『いつも通りのテンションで自然に誘える流れ』を作ればいい」


「たとえば!?」


 前のめりの雅に、俺は少し考えて──ひとつの案を出した。


「部活終わりに『練習頑張ったし、アイスでも食べない?』って流れとかどうだ?」


「……あ、それ、いいかも……!」


 一気に目を輝かせる雅。


「あと、『テストの点数で負けたらジュースおごり』とか、『課題教えてくれたお礼にカフェ』とか、理由を作ればハードル下がるだろ」


「わぁ、すごい! めっちゃ参考になる!」


 雅はバンザイポーズを取りながら、ベッドで跳ねそうな勢いだった。


「よし、それなら明日さっそく誘ってみる!」


「……マジで? 具体的にどうするとか、ちゃんと考えて──」


「大丈夫! やるって決めたら、誘うことくらいできるよ!」


 笑顔でキラッと言い切られると、逆にこっちが不安になる。


「そうならいいが……」


(こっちは何パターンか誘い文句も考えてきたけど……まぁ、必要なさそうだな)


 俺が少し気圧されていると、雅が明るく笑って言った。


「今日はありがと!」


「いや、大したこと言ってないって」


「でも、西宮くんの言葉で勇気出たよ! ──さ、次はみやこの番だね! 頑張って!」


 元気よく言われて、俺はちょっと目を細めた。


「頑張ってって……京ってライバルじゃないのか?」


「うん、ライバルだよ? でもさ、勝負はフェアじゃなきゃ燃えないでしょ?」


 そう言って、雅はニッと笑った。


「付き合ったもん勝ち! だから、京にもチャンスあげなきゃね~」


 その言葉に、俺も思わず苦笑する。


「……おう、じゃあ今から京の話、ちゃんと聞いてくるわ」


「ふふっ、これですごいアドバイスされたら、私負けちゃうかもな~!」


 雅は冗談っぽく言いながら、軽く手を振って俺を見送った。


 部屋を出て、向かいの扉の前で立ち止まる。


(京……か)

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