第12話『九条くんの同席』

 道中は、予想どおり気まずかった。

 無言が続くと気まずさが倍増するので、無難な会話でなんとか場をつなぐ。


 そんなこんなでアニメ研の部室に到着した瞬間──扉に手をかけて、俺は思い出す。


(……やべ、九条追い出してない。今からでも追い出すべきか……?)


 とりあえず、二人に向き直る。


「……ちょっと待ってて」


「はーい」

「オッケー!」


 返事を背に、俺はそっと部室に滑り込み、扉を閉める。


「西宮殿、お疲れでござる!」


 奥の定位置で漫画を読んでいた九条が、顔を上げてにっこり。

 いつもの「ござるモード」全開だ。


「おう……お疲れ。悪いんだけどさ、また前みたいに、一人にしてくれないか?」


 言った瞬間、九条は胸に手を当てて大げさにのけぞった。


「ま、またでござるか!? 拙者を追い出すつもりでござるな!」


「そこをなんとか……」


 俺が困った顔で頼むと、九条はジト目でにらんできた。


「月島殿から聞いたでござるよ……西宮殿が女子を部室に連れ込んだ、と!」


「なっ!?」


 あまりに唐突で、変な声が出た。


(月島ぁああ! なんでコイツに余計なことを! しかも「連れ込んだ」は悪意しかないだろ……)


 頭の中で、ニヤニヤ笑う月島の顔が浮かぶ。くそ、絶対わざとだ。


「いやっ、それには事情があってだな……」


 俺は慌てて、多々良たたらの恋愛相談の件をかいつまんで説明した。

 ふむふむと頷く九条。しかし、次の瞬間また眉をひそめる。


「それで、なぜ拙者を追い出すのでござるか?」


「いや……人のこと言えないけどさ。九条も女子と話せないだろ」


「……そんなこと……ないことも……ないでござる」


 目線をそらす九条。


 しかし数秒後、思い出したように前を向いて反論する。


「で、でもアニメ知識でアドバイスできたのでござろう? それなら拙者は適任でござる!」


「いやぁ……そうだけどなぁ……」


 人のこと言える立場じゃないが、九条と二人で女子の恋愛相談を受けるってのはなぁ。


「今回も恋愛相談でござろう? 拙者も同席するでござる!」


「……わかったよ……」


 ここまで食い下がられたら、もう折れるしかない。




 扉を開け、廊下で待っていた薬師寺姉妹を手招きする。


「すまん、待たせた」


「「お邪魔しまーす!」」


 声までそろう双子。

 二人を向かいの席に案内する。


「向かいの席にどうぞ」


「はーい」

「失礼しまーす!」


 ぴったり並んで座る双子を見て、九条は固まった。


「えーと、そこにいるのは部員の九条です」


 紹介すると、九条は漫画で顔を半分隠したまま、蚊の鳴くような声を絞り出した。


「く、九条で……よ、よろしくお願ぃ……」


 さっきまでの威勢はどことやら、完全にキャラ崩壊してるなコレ。

 はい、ありがとうございました。お帰りはあちらです。


「よろしく!」

「よろしく~!」


 薬師寺姉妹は、明るく笑顔で挨拶。

 この二人が明るくて助かった。多々良たたらなら間違いなく部室から逃げてたな。


「気になるなら追い出すけど、どうする?」と俺が九条に聞くと──


「別に大丈夫!」

「いいよ~」


 薬師寺姉妹は、全く気にしていない様子だ。九条、良かったな。


「じゃあ、早速だけど……まずみやこはさっきの話通りでいいんだよな。『昔一緒だった幼馴染と同じ高校に入れたけど、どうアプローチすればいいか分からない』ってやつ」


「うん、そーなんだよ……」


「私も同じ!」


「……えっ」


 さすがに驚く。双子での恋愛相談だからそれとなく予想はしていたけど、まさか同じ相手とは。

 しかも互いに隠している様子ゼロ。オープンすぎるだろこの姉妹。


「そうか……で、その幼馴染ってどんなやつなんだ?」


 みやびが身を乗り出して答える。


なぎさはね、小学校のとき近所で! 中学は違ったけど、高校で如月高に入ってから、ソフトテニス部で一緒になって好きになっちゃった!」


さかきなぎさくんっていうんだけどね」

京も続ける。


「私は小学校のクラスが一緒でさ、彼は私立中学に行っちゃったけど、高校でまた近くなって、時々話すんだ」


「……なるほど」


 完全に「王道幼馴染ルート」案件だな。

 しかも双子で同じ相手とか……アニメでも見たことない難易度だぞ。


「それで、どうすればいいと思う!? 部活だと話すんだけど、そこから先にいけないんだよね!」


 雅が目を輝かせて聞いてくる。雅だけの解決案なら思い浮かぶだろうけど……


「私もどうアプローチすればいいかわからなくて~」


 京も肩をすくめる。


 京と雅一緒となると……改めて考えると、二人の恋を成就させるのなんて無理じゃね。


「いや、急に言われてもなぁ……」


 困った顔をすると、雅がぱっと笑った。


「いいよいいよ、じゃあさ──明日とか、私たちの家で話さない!?」


「えっ!? いや、急にお邪魔するのは悪いよ」


「心春ちゃんも一緒でもいいよ~」


 ……初日で家に誘うのかこの姉妹。オープンすぎない?


「……まあ、いいなら」


「オッケー! じゃあ、明日の部活後に1-3の教室に集合でいい!?」


「わかった。それまでに今日の話、ちゃんと考えておくよ」


 そう言うと、薬師寺姉妹は元気に立ち上がり、そろってぺこりと頭を下げた。


「今日はありがとう!」

「ありがと~」


 そして、部室を後にしていった。

 去り際の足取りまで、ぴったりシンクロしている。


 静かになった部室で、俺と九条だけが残る。

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