第2章『薬師寺編』

第11話『薬師寺さんの恋愛相談』

 六月、梅雨の湿気がじわりと肌にまとわりつく頃。


 俺は眠気と戦いながら、文化祭──通称「如月きさらぎ祭」の出し物についての話し合いに耳を傾けていた。

 といっても、二十分のSHR(ショートホームルーム)で決まるわけもなく、案が出るだけで終了。

 SHRが終わると、前の席の月島がくるりと振り向いてきた。どこかテンション高めの表情だ。


「私、楽しみなんだよね~如月祭!」


「確かに前そんなこと言ってたな」


 中三のときに、なんで如月高に行きたいのか聞いたことがある。

「そりゃ行きたい理由の三割は如月祭だよ」と言ってた。……残りの七割が気になるところだけど。


「しかし六月の文化祭なのに月祭とはこれ如何に」


「そんなことは気にしない~」


 こんな雑談をしていると、月島は前の女子に呼ばれて戻った。


(さて、部室に行って九条とアニメ鑑賞とでもいきますか)


 机の中のプリントやワークを取り出し、カバンに入れる。

 周りのクラスメイトもぞろぞろと帰りだした。

 必要なプリントとワークを取り出したことを確認し、帰ろうと立ち上がろうとすると、また月島が振り返ってきた。


「西宮、出番だよ」


「はい?」


 月島がニヤニヤしている。……これは、ろくなことがないフラグ。


「京ちゃんが、西宮に恋愛相談したいってさ~」


 そう言うと、さっき月島が話していた女子が、月島の席の隣までくる。


「あの~、心春こはるちゃんと同じ音部の、薬師寺やくしじみやこっていいます」


「あ、ど、どうも、西宮です……」


 目を泳がせながらなんとか返事する。いやいや女子とは話せんのです。特に初対面は。


 薬師寺の第一印象は、ちょっとクール系?

 月島並の身長で、三日月のヘアピンが印象的。ミディアムヘアの内側には紺のインナーカラー。

 ……って、校則は一体どうなってるんだこの学校。


「で、京ちゃんが、昔一緒だった幼馴染とこの高校に入れたんだけど、どうアプローチしていいか分かんないんだって」


「ちょっと、全部言わないでよ~」


 月島が小声で俺に事情を伝えると、薬師寺は恥ずかしそうに目をそらしていた。


「そ、そうなんですか」


 苦笑いを浮かべながらなんとかそう答えた、そのとき──


「冬真! 相談だ!」


 後ろから元気な声が飛んできた。

 れんだった。いきなりすぎて心臓に悪い。


 月島も薬師寺も、目を丸くして蓮の方を見る。


多々良たたらの時と同じで恋愛相談なんだけどな、同じクラスの薬師寺が冬真とうまに相談したいってよ!」


 ……薬師寺は目の前にいるが?


「え?」


 理解が追いつかない俺の目の前で、蓮の後ろから女子が、ぴょこんと顔を出した。


「私、薬師寺やくしじみやびといいます! 天城あまぎくんから西宮くんのこと聞いて、ぜひ相談お願いしたくて!」


 薬師寺雅と名乗った子は、薬師寺京と瓜二つだった。

 違うのはヘアピンのモチーフが太陽で、インナーカラーが赤ってことくらい。

 あと、薬師寺雅のほうが薬師寺京よりも明るい性格っぽい。


「雅……何でここに?」


「あれ? 京じゃん!」


 二人は互いにここにいることに驚いている。いやびっくりしているのは俺だよ。


「あ、雅ちゃん! この前ぶり~」


「心春ちゃん! 久しぶり!」


 どうやら、月島は薬師寺雅のことも知っているらしい。どこで接点があるんだ。


「西宮、見ればわかると思うけどこの二人は双子でね。でもまさか一緒に恋愛相談受けるなんて~」


 嬉々として月島が解説を入れてくる。いや、その前に俺の心の準備はどうなるんだよ。


「じゃ、部活行ってくるから後は任せた!」


 蓮は爽やかに手を振って、颯爽と去っていった。


「めっちゃ面白そうだけど、私も練習行かないと~」


 月島もまた、どこかニヤつきながら荷物をまとめ始める。


「いやちょっと待って。こんな状況で置いてかないでください」


「だいじょーぶだって。さくらちゃんのときも、ちゃんと相談のってたじゃん。」


「っていうかさ、お二人さん、部活は……?」


 俺の視線の先には、双子の薬師寺姉妹。


 言葉をかけた瞬間、二人は顔を見合わせて、同時に口を開いた。


「「部活はサボるもの!」」


 だめだこりゃ。


 月島が笑いながら、肩をぽんと叩いてきた。


「じゃ、西宮、あとは頼んだ~。 二人の相談、部室でじっくり聞いてあげてね~。健闘を祈る!」


 そう言うと、月島は音楽室へと去っていった。

 ──そして、教室に残されたのは俺と薬師寺姉妹だけ。

 ……これはもう、波乱の予感しかしない。

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