勇気とパワー
@maru36
熱
午前一時二十五分を回った。話し合いが加熱しすぎて、一旦みんなでカップラーメンを食べることにした。食べながら、温かくなる体とともに、また少しずつ先ほどの話の熱が上がっていく。
「これもしかして決まらないかもしれないですよ。たぶん。」
「ほんとそうですね。あっつ。いや、うまい。どうしますか。今日中に決まらないと大変です。日程ずらせないですよ。」
三人は麺をすすりながら口も止まらない。
「じゃあどうしましょうね。最終話。『りんご勇気マン』と『長芋パワーマン』どちらを勝たせますか。」
「もうどちらも勝たせるとか、なしですかね。」
「いや、そんなどっちつかずの戦隊モノのシリーズ見たことありますか。それにみんなどちらが勝つかを楽しみにしていて、学校でもきっと賭けとかやってますよ。そんな気持ち裏切れますか。」
「いや、だってさ、どちらも同じような力で、この前の視聴者人気投票だって互角だったから、甲乙つけ難いんだよな。」
「そもそもだけど、りんご勇気君が変身するとりんご勇気マンになるってこと自体どうなんですかね。インパクトに欠けるというか。そういう点で言うと、長芋パワーマンの方がパワーがあって強そうなので、長芋パワーマンに勝たせましょうよ。」
「そうか。じゃあ長芋パワーマンにする…か。なんか長芋パワーマンって、ずっと変身してるままだから強そうですしね。」
「ただ、りんご勇気君って、意外と自分と重ねている子って多いみたいですよ。そういう子達をがっかりさせるのは、なんか可哀想だなあ。」
「長芋パワーマンだって、意外と大人に人気で、負けてしまったら抗議の電話が殺到するかもしれないですよ。俺たちの夢で星だったのにと。巷では、長芋パワーマン後援会が発足されたとかされないとか。長芋パワーマンロスで、世の大人の方々は、仕事できないかもしれないですよ。」
「こうなると子供の夢をとるか、大人の夢をとるかみたいな感じになっちゃうじゃないですか。大問題すぎて、俺達には重荷すぎますね。」
みんなラーメンは食べ終えて、先ほどの鬼のような形相から、仏のような顔になっていた。
「…俺いいことを考えた…。じゃあ…、これからあっち向いてホイをして、俺が買ったらりんご勇気マン。桂木さんが買ったら長芋パワーマンにするのはどうだろう。」
「…まあ。確かにもう…、時間も時間なんで…。それがいいんじゃないですかね。どうですか、井ノ口さん。」
「そうしよう…。もう放映まで時間がないんだからさ。これは俺たちだけの秘密だ。誰にも口外しないし、どちらが勝つことになってもしょうがない。どちらも強いんだもの。あとは運命に任せようか。」
「そうですね。だってこんなに悩んでも結局決まらないですからね。よし、じゃあ決まった。いきましょう。」
あっち向いてホイの戦いが、ついに始まった。
戦う二人は立ち上がった。お互いに運命がかかっている。どちらも顔は真剣で、ひとときも視線を離さずにいる。静寂とともに、異様な空気感がそこにはあった。
戦いはあっけなく終わった。両者とも握手を交わして、無事に最終話のエンディングは決まったのである。三人は肩を組み合って喜んだ。
最終回の放映後、とあるスーパーで購入するお菓子を吟味していた井ノ口は、通りすがりの子供達の会話を耳にした。
「結局、りんご勇気マンってかっこいいよな。最後は変身しないで、素手で戦ったんだからさ。」
「素手はびっくりしたよね。長芋パワーマンもさすがにびっくりしてたなあ。しかも、あの最後は…なんか…。」
「長芋パワーマンが、負けたりんご勇気君に自分の長芋をあげて、一緒にカレーを作ろうなんて言うとはさ。」
「ね。それで、りんごと長芋を入れたカレーを作ってみんなにあげたんだよね。」
「ほんとにね。」
「今日、そのカレー作ってもらおうかな。」
「ふふふ、おいしいのかなあ。」
おいしいよと、井ノ口は微笑みながら心の中で返した。無事に最終回の内容が決まり、様々な反響があったことに感謝していた。何より、あの夜の三人の、あっち向いてホイをしようと決めた勇気は、思い出すだけでも彼の胸を熱くさせた。りんごと長芋をスーパーで見るたびに、これからも井ノ口に力をくれることは間違いない。
勇気とパワー @maru36
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