第11話 晩酌

ある日の夜、私はブランディ夫妻の晩酌に誘われていた。

とはいっても、パスカルさんはお酒が弱くて飲めない、ディーナさんと私はアルコールが苦手というメンツなので、みんなジュースや牛乳で乾杯している最中だ。目の前にはウインナー、チーズ、卵の燻製のおつまみが並んでいる。


「そうそう、ごめんなさいアメリアさん。渡すの忘れていたわ。あなた宛ての手紙がいくつか届いていたわよ。」

「どうせまたキルベキア王国からの手紙ですよね?」

「ご名答~!」

「私の方で捨てておくので、貰っていいですか。」


そう言うと、ディーナさんはリビングにある棚の引き出しから手紙の束を取り出し、私に差し出してきた。私は一応差出人を確認し、溜息をついて手紙を机の横に除ける。


流石に王族から手紙は来ていなかったけど、手紙の差出人はみんな見覚えのある同僚の名前だった。ルイスからの手紙だったら開けていたかもしれないけど、それ以外の職員や同僚に思い入れはない。


(まあ、ルイスからの帰ってきてほしい手紙だったとしても、応じはしないんだけどね。)


私は林檎ジュースを飲みながら、かつての同僚に思いを馳せる。

ルイスのことは今でも人として好きだし、もし会うことがあったら心の底から喜ぶ自信がある。向こうは私のことをどう思っているか分からないし、本心では追放されたとはいえ聖獣も国も捨てた薄情者だと思われているかもしれないけどね。


薄情者でも裏切り者でも何でもいい。私はブランディ一家のために力を尽くして生きると決めたのだから。



「アメリアさんは、キルベキアに戻りたいとは思わないの?」

「え?」

「…あ、違うの。出て行ってほしいとかじゃなくて。」


ディーナさんは言葉選びをミスしたと言いながら、次の言葉を探している。


「私はもうキルベキアの国のために働くことを放棄しました。今更必要とされても、戻る気は全くありません。」

「そう。私たちは、あなたの意思を尊重したいと思っているの。万が一でもキルベキアのために働きたいと思っているなら、それは止めないと言いたかったの。」

「悪いな、言葉が下手でよお。要するに、どんな理由であれ、あんたがここを出て行きたいと思うことがあるなら、俺らはその決定を尊重するってそれだけが言いたいんだ。」


慌てているディーナさんの言葉を遮るように、パスカルさんが口を開く。


「もちろん、ずっとここに居てくれても嬉しいぞ?ウィルマもコレッタもジョシュアも、みんなあんたに懐いているしな。」


がははと笑いながら、パスカルさんは炭酸のジュースを呷る。


「そういえば、イヴァン王子ってあんたのこと気に入っているよな。」

「そうですか?追放された聖獣使いのスカウトがしたいって言っていましたよ。だからじゃありませんか?」

「いや、そういう視点以外にも、1人の人間として目を置いていると思うぞ。俺の勘だけどな!」


イヴァンの話を出されて、私は少しドキッとする。

だけど、今なら彼のことを詳しく聞ける気がして、私は2人に質問をすることにした。


「お2人はイヴァンと付き合いが長いんですよね?以前、親戚だってお聞きしました。」


パスカルさんは『お。それ聞く?』と少し前のめりな姿勢になった。空になったコップを机の上に置き、新しいジュースを注いでいる。


「俺の父とイヴァン王子の母方の祖母が姉弟でな。俺は現国王の妃といとこ同士なんだ。すげえだろ?実はロイヤルな家系なんだぜ?ブランディ家って。」


誇らしげな表情と声色をしながら、パスカルさんがイヴァンとの関係を解説してくれた。


パスカルさんの父である先代のインファント・ブランディさんと、イヴァンの母方の祖母であるリオン・ラルヴァクナさんは大変仲の良い姉弟だったらしい。交友が子供、孫と続き、その流れで度々イヴァンもブランディ牧場に遊びに来ていたとか。

彼はこの牧場が大好きで、幼いころはインファントさんの養子になってブランディ牧場で働くと宣言していたほどだと、パスカルさんは笑いながら話す。


このブランディ牧場はラルヴァクナ王国の辺境に位置し、王都からは少し離れた場所にある。気軽に来ることができる場所ではないけど、それほどまでにイヴァンはここを気に入っているのだと、話を聞くだけでも感じることができて、私まで嬉しくなってきた。



「パスカルさんは、イヴァンのことを”イヴァン王子”と呼ぶんですね。私もそう呼んだほうが良いのかな…。」


本人はイヴァンで良いと言っていたけど、あれはリップサービスだったのではないかと今更ながら気になってしまった。血縁関係のある親族であるパスカルさんですら”イヴァン王子”と呼んでいるのだから、私もそう呼んだほうが良いのではないだろうか。


1人で悶々としていたら、パスカルさんが『んにゃんにゃ』と言いながら言葉を繋いだ。


「いや俺らもイヴァン王子のことはイヴァンって呼んでも良いって言われているけどな。だけど、俺ら的には親族である以前に王族って認識が来るんだ。だから、どうしてもイヴァン王子って呼んじまうんだよ。」


『子供たちは完全に面白半分で王子って呼んでいるけどな』と言いながら、彼は燻製の卵を一口で頬張る。

これがキルベキア人である私と、ラルヴァクナ人であるブランディ一家の価値観の違いなのかと、改めて感じた。


「私は結婚してブランディ姓になった立場だけど、イヴァン王子は私にも遠慮するなって言ってくれていたわね。恐れ多くて多くて今だにできないけど。」


ディーナさんは実の両親が王族を支持し敬っている環境で育ったから、余計に恐れ多さが前に出てしまうと笑いながら話してくれた。両親の影響が今でも抜けないと、そう語る。


「要するに、気にすることじゃないさ。本人が良いって言ったんだろ?なら大丈夫だ。」


パスカルさんにそう言われると、謎の自信に満ちていくから不思議な人だなと思う。

場の雰囲気に酔って上機嫌になった彼が、何かの歌を口ずさむ。私は知らない曲だったけど、彼の陽気な雰囲気と歌声で私の気分まで上がる。


ふと先ほど視界から外すように除けた手紙の束が目に入る。彼の歌に合わせて私も楽し気な気分になっていたのに、一気に現実を突きつけられたような気がした。


(いっそ、キルベキア王国管轄の聖獣が逃げ出せば良いのに。)


場の雰囲気に飲まれて気が大きくなった私は、柄にもなくそんなことを考えるのだった。

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