第10話 天狼のポチ
私とジョシュアはブランディ牧場に戻り、パスカルさんとディーナさんに事情を話した。
2人は話を聞いて急いで役所に電話し、翌日になって『5日後に牧場に向かう』と折り返しの電話があったと言われた。
それまでは、この牧場であの迷子の天狼の子を飼うことになった。
成熟した天狼の主食は、鹿肉と大型の白身の魚がメインになる。
正確な年齢は調べないと分からないけど、この子は生後1~2か月くらいではないだろうか。
とりあえず今の段階では、ヤギミルクを与えれば大丈夫だと思う。本当は天狼用のミルクを用意してあげるのが理想だけど、ラルヴァクナでは流通していないと言われてしまった。キルベキアから輸入すれば手に入るけど、それだと届くまでに何日かかることか。
「しばらくよろしくね~ポチ。」
「がう!」
天狼の子はこの名前を気に入ってしまったらしい。名前を呼ぶと、尻尾を振ってこちらに駆け寄ってくる。天狼の子、改めてポチ。
私は既にポチへの愛着が湧きに湧いてしまっている。天狼というだけでも愛おしいのに、その子供の愛くるしさと言ったら。国外追放された時点で聖獣への未練も捨てたと思っていたけど、実物を見てしまうと決意が鈍る。
それにしても、役所の方も色々手続きがあるんだろうなと思考を巡らせる。ポチを引き取りに来るまで、ほぼ1週間近くも時間を有すると言われたのだから。
「私がいて良かったね、ポチ。」
「くうううう…。」
私は自信過剰な発言をしてみたけど、ポチの耳には届いていない。というか、届いてはいるけど聞く気がない様子。ポチは小さな翼ごと地面に突っ伏し、背中への撫でを待っている。ポチにとって、人間側の都合は知ったことではないということだ。
◇◇◇
「しばらくぶりだな、アメリア!」
「何であなたが来たんですか!イヴァン!」
5日後。私は予想外すぎる人物の来訪に声を荒げていた。
イヴァンの後ろにはイヴァンの部下らしき人たちが数名待機していて、みんな何か行動をするのではなく私たちの様子を見守っている。
「天狼の子を保護したと聞いてな。急いで仕事を調整して、こちらに来たというわけだ。」
「はあ…。」
私はイヴァンの真意が掴めず、曖昧な返答ばかりしてしまう。イヴァンが私の元に歩み寄り、耳元に顔を寄せてきた。
「この国も、いずれ軍事用に他の聖獣も導入したいと思っていてな。天竜だけでなく、天馬と天狼の導入も視野に入れているのだ。」
「そのために、ラルヴァクナ王国として天狼を引き取りたいと?」
「いや、国としてお前に恩を売っておいてもいいと思ってな。」
真意が掴めないどころか、話しの流れも読めない。まだ分からないのかと痺れを切らしたイヴァンが、直球に言葉を投げてきた。
「その天狼の子をこの牧場で飼え。」
「…!」
「本来なら、国で引き取りキルベキアに帰すのが筋だろう。しかし本音として、天馬と天狼を導入したい我が国としては、この国に来てしまった聖獣はできるだけ手放したくないのだ。」
つまり、ポチこと天狼は”たまたまこの国に来てしまっただけであり、我々が連れ去ってきたわけではない”という建前が欲しいと。
「でも、私に決定権はありません。ブランディ夫妻に許可を貰わないと。」
「ああ、それならこの後に話を伺いに行く予定だ。先にお前を見つけたから、話しかけただけだ。」
私は思わず脱力してしまい、イヴァンから離れる。その拍子にイヴァンも私から距離を取る。個人的な話は終わりということらしい。
「わう!がう!」
「お。お前が天狼の子か。」
牧場の敷地をゾロンと共に走り回っていたポチが、私たちのもとに駆け寄る。ゾロンは空気を察して少し遠慮しているのか、下がったところで待機している。
イヴァンはいきなりポチを触ることなく、まずは手の甲を差し出し匂いを嗅がせている。ポチはしばらくイヴァンの手の甲の匂いを嗅ぎ、ぶしゅっとくしゃみをして返す。
イヴァンがそっとポチの頭の上に手を伸ばすと、ポチは耳をペタンと倒した。イヴァンはそのままポチの頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でる。
「見た雰囲気や触った感覚はゾロンと変わらないな?」
「まあ、見た目は翼の生えた狼ですからね。」
ポチはイヴァンにされるがまま撫でられ、尻尾を振っている。翼が体に沿って下りていて、リラックスしているのが見て取れる。
そんな様子を見ていたゾロンが、恐る恐るこちらに近づいて来る。私とイヴァンの間に来て、ゆっくりと頭を下げる。どうやら、俺も撫でろということらしい。
「ゾロン何だお前は可愛いやつだな!天狼の子ばかり構われて寂しくなったのか?」
イヴァンは大きな両手を使い、ゾロンの全身を撫で回している。ゾロンは満更でもなく、笑顔で舌を出しながら呼吸をしている。
「きゃん!」
「何だ天狼の子、お前も構い足りないのか?」
「ポチです。」
イヴァンは『ポチ~!』と言いながら、今度はポチを構い始めた。そうすると今度はゾロンがじゃれついてくるもので、イヴァンは最終的に右手でポチを、左手でゾロンを構っている。
「おや、イヴァン王子ここにいましたか!」
「よしよしよし…ん?パスカルか。どうした?」
イヴァンはゾロンとポチを撫でていた手を止め、静かに立ち上がる。私も振り向くと、そこにはブランディ夫妻がそこにいた。
「天狼の件で、アメリアと話をしていた。ブランディ夫妻は、この牧場で天狼を飼うことをどう思う?」
「まあ…そうだな。アメリアの意思次第って感じだな。用心棒になりそうだから飼うのも良いだろうけど、聖獣だから一筋縄ではいかなそうだしな。」
そう言いながら、パスカルさんはしゃがんでポチの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「そうね。飼うことになったら私たちもお世話をするけど、天狼の扱いは初めてだから、アメリアさんに指導していただくことになるわね。」
そう言いながら、ディーナさんもしゃがんでポチの背中を撫でる。ゾロンは拗ねてどこかに行ってしまったから、後で存分に構ってあげないと。
「どうするアメリア。」
「私は、私は…」
「…責任を持って、お世話します。聖獣使いアメリア・オルコットとして、そして私個人アメリアとして。」
パスカルさんが立ち上がりながら、うんうんと大きく頷いている。
「…決まりだな。ただ、一応書類は提出してもらいたいと思っている。あと、定期的にポチに関するレポートを書いて、国に提出してほしい。」
「…それは、どうやって送ればいいんですかね…。」
「ラルヴァクナ政府の聖獣管轄宛てに送ってくれればいい。検閲が入るだろうけど、問題はないだろう?」
「…そうですね。」
こうして、天狼の子ことポチはブランディ牧場の一員になったのだった。
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