第20話
20
少女が猿の仮面を被った瞬間、その体が大きく
仰け反ったかと思えば手足を伸ばし、体をぐにゃぐにゃ――そう表現するしかない動き――としだした。
その光景は余りにも――余りにもおぞましかった。
人間の体には皮膚の下には筋肉があり、その下には骨がある。
その動きはそれらの構造をまるで無視したかのような、おおよそ人間が行える動きではなく、少女の内側で何かが暴れ回っているかのようだった。
「……っ」
私は思わず目を逸らす。
今私には過去と思わしき景色が映っているが、そこに音は含まれていない。
それが救いだった。
あの動きを行った時に人体がどのような音をするかなど想像もしたくなかった。
『――■■』
私の耳に隣にいる男の声が聞こえる。
恐らく名前だと思われるが、上手く聞き取れなかった。
そっと目を開けば、少女がつけていた仮面が老人の手によって外され、祠に戻される所だった。
そして少女は、祠の前で空気の抜けた風船のように萎んだ無惨な状態で倒れていた。
「なんなんだこれは……」
私は絞り出すように口を開いた。
『……猿神は10年に一度、初潮を迎えた女を贄に求める。今回選ばれたのは、僕の妹だった』
男が答える。
「なぜだ? あの祠の封印はかなり強力だと聞いた。なぜわざわざ祠から出して贄を差し出す必要があるんだ?」
私の疑問に、男は沈黙する。
だが私は、猿神という呼び名と生贄からこの村が何をしたか想像がついた。
触らぬ神に祟りなしという言葉がある通り、猿神とまで呼ばれる仮面は、祠にしっかりと封印されていた。
きっとこの祠を作った誰かは、言い聞かせた事だろう。
開くな、と。
それさえしなければ、祟りもないだろうに。
しかし、誰かが祠を開いた。
それがどんな理由であるかは分からない。
こんな小さな、山中の村の中では不都合も多かった事だろう。
その現状を変えたく、祠を開いて猿神に願ったのだ。
その時点で呪霊と化していた猿神は、どのような手段かその願いを叶えたのだろう。
そしてその対価を求めた。
「猿神と取り引きしたんだな」
『……昔、この地に飢饉が起きたらしい』
私が言うと、男がぽつりと呟いた。
『昔からこの村は忌み地とされ、村は周囲の村から隔離されていた。それでも村は村の中で全て回るようになっていた。だけど飢饉が起きた。村の食料は尽き、周囲の村はそれでも助けてはくれず、誰かがついに猿神に助けを求めた』
そして猿神は、その願いを聞き届けた。
ただの呪霊にそんなことが出来るとは思えないが、猿神には鬼であったという逸話がある。
ただの呪物が呪霊になったのか。
あるいは本当に鬼が呪物となり、そして呪霊となったかは定かではない。
だが少女は、まるで内側だけ食い尽くされたかのように萎んでいた。
目の前の景色が変わる。
突然雨が降り出し、瞬く間に大雨となった。
そんな中、角材のようなものを持った男が祠に近づいてきた。
『猿神さえいなければ■■はもっと長く生きられた。美しかった■■があんな目に合わなかった。結婚し、子どもを産んで■■は幸せになったはずだった』
男が角材を振り上げる。
音はない。
祠の扉が無音のままに破壊されていく。
『すまない■■。僕が躊躇っていたばかりに』
何度も、何度も男が祠を破壊する。
その祠の姿は、正しく私たちが見ていた破壊された祠の姿だった。
そして男が一際大きく、角材を振りかぶった。
『――こんな祠なんて、猿神なんて、こんな村なんて――――無くなってしまえばいい!』
瞬間、視界が白く染まる。
その一瞬に、私は見た。
祠の前面が破壊され、扉が壊れ落ちると同時に、祠の中から何かが飛び出し男に向かって、
時間をかけて視力を戻した時、私の前に広がっていたのは物置部屋だった。
消えていたはずの物が無造作に置かれている。
『僕は幾つも過ちを起こした』
部屋の奥、男が暗闇に佇んでいる。
その顔は、見えない。
『■■を救えなかった』
『勇気が出せなかった』
『――願ってしまった』
男がゆっくりと振り向く。
『君だけだ』
『君だけが僕に気づいた』
『僕には出来なかった』
振り向いた男のその顔は――――まるで猿のようだった。
『
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