第19話
これから再びあの村へ向かう事となったが、一つ問題が発生した。
それは月見里さんの体調が悪い事だ。
猿の仮面による何らかの影響か、彼女は今にも倒れそうな顔色をしていた。
それならば仕方ないと、村へ向かうのは私と上山、カメラマンとプロデューサーだけとなった。
戸部は月見里さんの見守りをすることとなった。
私たち4人は車に乗りこみ、1時間以上を掛けて昨日と同じ道を通る。
その間私たちの間に会話という会話はなかった。
そして私たちは村の手前にある空き地に辿り着く。
「あっ」
車から降りたカメラマンが空き地の隅を指差す。
そこには、黄色い特徴的な車が置いてあった。
――タクシーだ。
私たちはその車に近寄る。
運転席を覗きこめば、そこには老年の運転手が座っていた。
座っていたというか――白目を向いて上を向いていた。
「……」
私たちは皆絶句する。
何が起きたかは分からないが、普通ではないことが起きたのだろう。
幸いにも運転手に息はあったので、心配ではあったがそれよりも優先すべき事があったので祠に向かう事にした。
昨日の暗闇での廃村の雰囲気とはまた違った雰囲気があった。
私と上山を先頭に祠に向かう事数分もせず、私たちの前にあの祠が目に入った。
「――遅かったか」
そこに祠はあった。
しかし昨日の時点で外側しか破壊されていなかった祠は、内部まで破壊尽くされていた。
女性一人がやったとは思えない破壊の跡だ。
「――っ、理恵ちゃん?!」
カメラマンが祠の後ろに倒れているアナウンサーに気づき近づく。
私は周囲を見回すが、この近くに猿の仮面は見当たらなかった。
上山に祠の様子を見てもらう事にした。
「どうだい?」
「……駄目だね。周到に封じの文言を破壊されてるよ」
私は息を吐き空を見上げる。
これであの仮面は自由を得たという事だ。
上山がどうにか出来ないか祠を調べる間、私は寄る辺無く周囲を見回す。
カメラマンとプロデューサーは倒れたままのアナウンサーに必死に話しかけていた。
「ん?」
ふと、私は視線の端に何かが映ったことに気づいた。
見直した時、そこには何もいなかった。
私は今見たものは、幻ではないと思った。
今見えたものを確認する為、私はそこへ向かう。
しかしそこへ行っても何も無い。
私は気のせいかと振り返ると、視界の端にまたしてもほんの一瞬何かが映り込む。
私は気味が悪いと思いながらも、これがあの猿の仮面に何らかの関係があると思い、今しがた映ったものがあった場所へ向かう。
やはりというか、そこには何も無い。
再度見渡すとまたしても視界の端に映り込む。
注視しようとすれば消えるそれは、人のようにも見えた。
転々と移動を繰り返すと、私はとある民家の前に辿り着いた。
――あの夜に立ち入った家だ。
私は躊躇なく玄関を開いた。
以前と違いなんの抵抗もなく開いたその先に、男が立っていた。
当然私は驚いたが、どこか予想していた所もあって声は出なかった。
「――君は一体誰なんだ?」
私が問いかけるが、男は答えることなく振り返って2階へ向かう階段を上がる。
私は何故かその後ろを着いて行っていた。
部屋が閉じきっていたので廊下には明かりが届かず、暗かった。
私は携帯を取り出してライトを付ける。
2階へ上がり、男はそのまま上がってすぐの右側の部屋に入る。
昨日確認した時点で左は寝室、右は物置のようになっていた。
男が部屋を開けると、そこにあったはずの山となった荷物はなく、部屋の隅に鏡台があるだけだった。
それだけでなく、部屋の窓は板のようなもので塞がれており、ほんの少しの明かりしか入らないようになっていた。
「これは……」
私が混乱していると、不意に鏡台から音がしてそちらに視線が向かう。
そこには、先程いなかったはずの少女が座っていた。
古い和装の、髪の長い少女だ。
少女は鏡を見ながらひたすらに髪を梳かしていた。
――私は何を見せられているんだ?
この光景が非日常のものだという事は分かるが、その意図が分からない。
これを私に見せてどうしようというのだろうか。
『僕の妹です』
「っ!」
隣から声がし、振り向くとあの男が私の隣に立っていた。
正直かなり驚いた。
部屋に入ってから姿が見えないとは思ったが、いきなり隣に現れるのはやめて欲しい所だ。
「妹?」
私が聞き返すと、男が私の方を向いた。
青白い肌に、生気のない白濁した瞳。
私には霊感などないが、流石に理解する。
この男は霊だ。
『そう。そして――猿神の贄に選ばれた』
猿神……はあの猿の仮面の事か?
鬼ではなく神?
『僕は妹を助ける事が出来なかった』
男が口にした瞬間、部屋の中の景色が一変する。
鏡台以外何も無かったはずの部屋が突然外の景色に変わる。
「これは……」
私は目を見開く。
私の目の前に広がるのは、あの祠のあった場所だ。
しかし明確に違うのは、ここに多くの人が集まっているという事。
そして、横にいる男がもう一人――幾分か顔色のいい状態で祠の近くにいること。
これは、過去の景色か?
祠の前面に道を作るように二手に別れているのは――服装からこの村の人間だろう。
すると、どこからか鈴の音が鳴り響き、それに合わせて少女が村人の作った道を通ってくる。
あの鏡台にいた少女だ。
少女は化粧をし、身なりを整えた格好で祠の前に行く。
私は隣の男の顔を見た。
その顔には、様々な感情が浮かんでいるように見えた。
最も大きいのは――憎悪だろうか。
少女が祠の前に行く。
もう一人の男は、手のひらに血が滲むほどに力を込めて手を握り込み、必死に何かに耐えているようだった。
『――――』
少女が男に話しかけた。
しかし、私には何を言っているか聞き取れなかった。
そして少女が祠を開く。
そこには、あの猿の仮面があった。
『忌々しい猿神め……!』
男の憎悪が隣にいる私に伝わってくる。
祠を開いた少女は、今一度もう一人の男を見たあと――微笑んだように見えた。
そして猿の仮面を手に取り――自らの顔に被せた。
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