番外編③ ネックレス
春の風が、都会のビルの間を抜けていく。
「久しぶりだな、制服着てるとこ以外で歩くの」
「ほんと、そうだね。…大人になった、私たち」
蒼馬が大学卒業を目前に控えた3月の休日。
久しぶりに会った愛華と蒼馬は、都内のカフェで待ち合わせをしていた。
あれから数年、2人は違う大学に通いながらも、ずっと付き合いを続けていた。
何度も喧嘩をして、すれ違って、それでも別れようと思ったことは一度もない。
「今さ、就活もだいぶ落ち着いてきたんだけどさ――」
「うん」
「俺、教師になるのやめた。やっぱり、自分のやりたいことに進む」
「えっ…でも、教育学部じゃ…」
「それでも、やってみたいと思ったから。後悔したくなくて」
目をまっすぐ見つめるその表情に、昔と変わらない“まっすぐさ”を感じた。
愛華は少し笑って、そっと自分のコーヒーカップを手に取る。
「蒼馬は、そうやって自分の気持ちに素直でいられるから好き。……ずっと、そういう人でいてね」
「うん。ありがとう」
しばらく無言で、でも穏やかに過ぎる時間。
心地よい沈黙が、ふたりの関係をもの語っているようだった。
「ねえ蒼馬」
「ん?」
「将来のこと、考えたりする?」
「するよ。……でも、将来って言っても、“ひとり”の未来は想像しない」
「ふたりの?」
「うん。――愛華と一緒に、って思ってる」
言葉が、胸の奥で優しく跳ねた。
「……ほんとに?」
「うん。ほんと。だから、これ、受け取ってくれる?」
そう言って渡されたのは、薄い箱に入った、小さなゴールドのネックレス。
チャームには、小さなハートと「A&S」の刻印。
「今すぐ結婚とか、そういうんじゃない。…でも、これからもずっと、隣にいてほしいって思ったから」
涙がこみ上げる。
あの日、バレンタインに指輪をもらった時と同じ気持ち。
「――もちろんだよ」
愛華は笑って、首にそのネックレスをかけた。
春風がふたりの間をそっと通り抜ける。
あの日の「秘密の恋」は、もう秘密なんかじゃない。
ちゃんと未来に繋がってる――そう思えた。
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