番外編② バレンタインと2人の涙
2月14日。
午後のチャイムが鳴ると、教室の空気がそわそわと甘くなる。
女子たちはカバンからラッピング袋を取り出し、男子たちは気取らないふりでそれを待っている。
愛華も、ひとり廊下に出て、胸の奥で息をのんだ。
ピンク色の紙袋の中には、何日もかけて作った手作りチョコと――たった一枚のメッセージカード。
(渡せるかな……)
彼はもう「彼氏」なのに、好きの気持ちはどんどん大きくなって、
それをどうやって渡せばいいのか、わからなくなってしまっていた。
「……月瀬」
その声に振り返ると、進堂が、廊下の窓辺にもたれていた。
夕焼けが彼の横顔をやわらかく染めていて、その姿だけで、胸がぎゅっとなった。
「探してた。……話、いい?」
うなずくと、進堂は何も言わずに歩き出し、校舎の裏手――誰も来ないベンチまで彼女を連れて行った。
「ここなら、邪魔入らないし」
ふたりきりの空間に、風がふわりと吹いて、愛華の髪が揺れる。
「はい、これ……チョコ。あの、うまくできたかわかんないけど……」
震える声で差し出すと、進堂は受け取り、しばらくそれを見つめていた。
そのあと、ゆっくりと視線を上げる。
「なあ、愛華。ちょっと目、閉じて」
「……え?」
「いいから」
目を閉じると、風の音だけが聞こえる数秒。
そのあと、そっと頬に触れる、あたたかくて優しい感触。
「……ありがとう。ほんとに、ありがとう」
目を開けると、進堂の目の奥が、少し潤んでいた。
泣き虫なんて言葉とは無縁の彼が、そんな顔をするなんて――。
「おまえが俺にくれたもん、チョコだけじゃない。自信とか、安心とか、…生きてるって感じ」
「……」
「好きって言葉、もう何百回も伝えたけど……今日はそれ以上の気持ち、込めた」
そう言って、進堂はポケットから小さな箱を取り出した。
開くと中には、シルバーのペアリングがふたつ。
「……これ、俺が選んだ。高校卒業しても、忘れないように。どんなに先が見えなくなっても、おまえだけは信じられるから」
言葉を飲み込もうとしても、喉がつまってしまう。
涙が、止めようとしても頬をつたって、ぽとりと膝の上に落ちた。
「な、泣くなよ……」
「だって……すごく、嬉しいのに……」
愛華は鼻をすんと鳴らして笑った。進堂もつられるように、小さく笑う。
「俺の方が泣きそうだったくせに」
「うるさい。今だけだもん」
小指に指輪をはめてくれるその手が、いつもより少しだけ震えていた。
ふたりの指先が重なったとき、ぴったりと心も重なったような気がした。
チョコが溶けるより早く、ふたりの心はほどけていく。
この冬、間違いなくいちばんあたたかい瞬間だった。
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