第10話 届かない思い

放課後の教室は、少しだけ夕焼けの匂いがしていた。

机の上に頬杖をついていた瀬戸海琉は、窓の外に目をやりながら、静かに深呼吸をした。


(このまま、何も言わずに終わらせるなんて、らしくないよな)


愛華への気持ちは、ずっと前から抱えていた。

気づいたのは、彼女がクラスに馴染めずに俯いていた頃。

声をかけたのは、ただの親切のつもりだった。でも、何度も話すうちに、笑う顔を見るたびに、胸の奥があたたかくなっていった。


それが恋だと気づいたのは、もっとあとだった。

けれど、そのときには、もう彼女の隣には――進堂先輩がいた。


(でも、それでも、気持ちだけは……伝えたい)


校舎裏で彼女を呼び止めたとき、愛華は少し驚いた顔をしていた。

「どうしたの、瀬戸くん?」


「うん……ちょっと、話したくて」


彼はゆっくりと息を吸い込んだ。

この一言で、すべてが終わるかもしれない。それでも、後悔だけはしたくなかった。


「俺さ、ずっと……愛華のことが好きだった」

思いのすべてを込めて、まっすぐに言葉を紡ぐ。


愛華は少しだけ目を見開き、そして、ゆっくりと視線を落とした。


「ありがとう、瀬戸くん。でも……ごめんね」


愛華は少しうつむいたまま、そっと言葉を重ねる。


「瀬戸くんのこと、優しくて、話してて楽しくて……クラスでも、すごく頼りにしてた。だから、告白されて嬉しくなかったわけじゃないの。ほんとに、ありがとう」


一つ息を吸い込んで、まっすぐに彼を見た。


「でも……わたし、好きな人がいるの」


その言葉に、海琉のまばたきが一度だけ止まる。


「その人のことを考えるだけで、胸がぎゅってなる。隣にいると、ちゃんと顔を見れないくらい、ドキドキするの。……自分でもこんな気持ち、初めてだった」


海琉は静かに聞いていた。目をそらさず、ただ真っ直ぐに。


「瀬戸くんを傷つけたくなかった。だから、ちゃんと自分の気持ちに嘘つかずに話すって決めてた」


少し声が震えていた。でも、愛華は逃げなかった。


「瀬戸くんみたいな人なら……きっと、もっと素敵な人と出会える。わたしが言える立場じゃないけど、本当にそう思ってる」


その言葉に、海琉はふっと笑みを浮かべる。

どこか切なく、でも彼なりに納得しようとするように。


「……そっか。うん、聞けてよかったよ。ちゃんと向き合ってくれて、ありがとう」


海琉は笑った。でも、その笑顔はほんの少しだけ、滲んでいた。


彼女が去ったあと、空には赤くにじんだ雲が浮かんでいた。


(もし、もう少し早く伝えていたら――なんて、意味ないけどな)


でも、きっとこの痛みも、明日には少し薄れていく。

青春のど真ん中で、届かない想いを抱えたまま、彼はまた前を向こうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る