第2話 九鬼暁斗は目を付けられる
「なんかさ」
「ん?」
「おかしくね?」
「何がだ?」
「いや、何がってお前だよ」
昼休み、いきなり話を切り出してきたガタイの良い男子生徒は
「なんか昨日からおかしいよな? な?」
「……実は昨日変な夢を見て」
「そういう話じゃねえ! 千堂さんだよ千堂さん」
声が大きくなって一瞬周りから視線を集めるも、みんな(ああ、またか)と言いたげに目を逸らした。よくあることなのだ。そして夕日もあの人の名前を呼ぶ時だけ声を抑え、彼女に聞こえないよう配慮してくれた。
やっぱり気になるのはそこだよなと遠くを見つめてしまう。俺も言ってみただけであの夢……というか記憶の話を誰かにするつもりはないし。
それから夕日が近づいてきて、更に声をもう一段階抑えた。
「昨日からだよ。千堂さんとお前、よく目が合うじゃんか。しかも千堂さんはニコッて全男子を魅了する笑顔つきで手を振って」
「……ちょっと話す機会があったからじゃないか?」
「それで隠せると思ってるのか? てか今まで何人の男が泣きを見てるか知ってんのか? ん?」
やけに喧嘩腰だが、別に夕日は俺を嫌ってる訳じゃない。彼は……恋愛に関する話に敏感なのである。夕日、あまり人には言わないらしいが恋愛小説とか漫画、アニメにドラマが好きらしい。人から話を聞くのも好きとか。……俺と彼女に関しては完全に勘違いなんだけども。
「この三ヶ月で二十人だぞ。フラれた人数」
「それは凄いな」
確かに凄いが、驚きはあんまりない。昨日の朝のことを思い出せば、惚れる男子が十人や二十人居てもおかしくない。
前世でも数多くの令息を魅了した存在だ。……前世が本当にあれば、の話だが。
けれど、俺の返事に夕日がはぁぁ、と分かりやすくため息を吐いた。
「ちなみにその中の五人がこのクラスだ。付け加えると、全員挨拶しただけで一目惚れしてる」
「それはチョロすぎるんじゃないか……ってかお前これ言って大丈夫か? 殺されないか?」
「おう。有名な話だし、半殺しくらいなら覚悟してるから大丈夫だ」
「それを大丈夫って言っていいのか」
既に周りから殺意の込められた視線がいくつも来てるが、何を言っても後の祭りなので考えないようにする。
「あと、千堂さんは必要以上に男子と干渉しない。多分自分の魅力が分かってるからな」
「……そうなのか? まあ、謙虚すぎるよりは良いと思うが」
「だがしかぁーし! それがどうしてこうなったんだ? ん? なんで俺に話してねえんだ? 俺大好物なんだぞこういう展開」
やけに語気が強いものの、クラスの全員が慣れてきているので殺意を込めた男子以外は視線一つも向けてこない。千堂さんも友人と談笑していて……あ、目が合った。
目が合うと彼女はニコリと笑って、小さく手を振ってくる。今の話を聞いてちょっと引き攣りかけたが、どうにか笑顔を返す。
今日何度目かの光景に、周りから向けられる殺意やらなんやらが増えた。
そして、俺もなんとなく夕日が言いたいことは分かった。
「つまり、今までこういうことはなかったと?」
「そうだ。あと、俺の調べによると恋人は居ない」
「へえ」
なんとなくそんな気はしていたが、意外と言えば意外な情報だ。
あれだけ容姿が整って性格も良ければ、恋人が居てもおかしくない。そう思っていた。
「それでだ。ん? 何やったんだお前? 吐け。キリキリ吐け。聞かせろ。女子とほとんど話したことのないお前がどうしてこうなったのか聞かせろ。めちゃくちゃ面白そうじゃねえか」
「本当に清々しいなお前。……何やったって、ちょっと話したぐらいなんだけど」
「嘘つけ!」
全くもって嘘ではないんだが、全て話したところで信じて貰えなさそうだ。……立場が逆なら俺も信じないだろうしな。
と、その頃。周りが移動し始めた。そういえば次は体育か。
「ほら、次体育だぞ」
「ぐっ……今だけは騙されてやるからな! 後でちゃんと聞かせろよ!」
別に騙したつもりもないのだが、一旦話を途切れさせてくれる夕日に感謝する。移動中にこんな話してたら変な噂が広がりそうだしな。
……なんかさっき目が合ってから凄く見られてるような気もするし。
それが気のせいであることを祈りつつも、目を向ければ――やはり彼女と目が合ってしまって、微笑みと共に手を振られるのだった。
◆◆◆
それは体育の帰り道だった。夕日にはトイレに行くから先に戻っていいぞと言われたので一人で戻っていた。
その途中、肩にぽんと手を置かれた。一瞬夕日が追いついたのかと思ったが、力強さが違う。
……もっと言えば、手の大きさが違う。俺が夕日の手を知り尽くしているとかではなく、明らかに男の手じゃなかった。
まさかと思いながら振り向けば――予想通りの相手がそこに居た。
「やっほ、九鬼くん。同じクラスだし、暁斗くん……ううん。暁斗って呼んでいい?」
「――千堂、さん」
「千尋でいいよ。私も暁斗って呼びたいし」
反射的に呼んでしまうと、彼女は笑顔でそう返してくる。
一気に物理的にも精神的にも距離を詰められ、一歩離れる。……しかし、彼女は躊躇うことなく空けた一歩分近づいてきた。
いきなりのことに心が大忙しなのだが、どうにか頭を回転させる。
「え、えっと……それじゃあ千尋さんで。俺のことは呼び捨てでいいから」
「そう? ……君がそう言うなら。私は暁斗って呼ぶから、暁斗も呼びたくなったらいつでも呼び捨てでいいからね」
朗らかな笑みを浮かべる……千尋さん。呼び捨てにしたくないと思ってしまうのは、やはりあの前世の記憶が関係しているからか。
そして、それから会話が途切れる。
「そ、それで何か用でも?」
「え? ないけど?」
「え?」
即答され、間抜けな声が漏れ出てしまった。そんな俺を茶化すこともなく、千尋さんは小首を傾げている。周りからの視線が凄い。
「ないの?」
「うん」
「えっと、じゃあなんで……」
「友達だから」
千尋さんは俺の言葉を遮った。一瞬だけ真面目な表情を見せたかと思えば、また微笑む。
「友達が歩いてたら声掛けるでしょ? 教室に一緒に戻るのも。暁斗は違う?」
「……いや、違わない」
「うん、そういうこと」
俺も夕日を見かけたら声をかける。それと同じだと。
……ただ一つ気になるのは、昨日の朝にちょっと話した人を友達認定する千尋さんだ。
さっき夕日が言ってたことを思えば、誰にでもこういうことをしているとは思えないが。
――彼女らしいと言えばらしいのだが、そもそも千尋さんに前世の記憶があるかどうかも不明で、もっと言えば俺が前世だと思い込んでいるそれは俺の妄想でしかない可能性もある。
それならなぜ――
「どうしたの? 一緒に行こ? 次の授業に遅れるよ」
「あ、ああ。うん。ごめん」
思考は千尋さんによって止められる。そして本当に俺に用事はなかったらしく、ちょっとした雑談をしながら教室へ戻ったのだった。
……放課後、夕日に詰められることになったのは言うまでもないだろう。
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