視線の部屋

makige_neko

視線の部屋


夜の静寂がアパートを包む中、彩花は新居の寝室で目を覚ました。


時計は午前2時13分。隣の部屋から、微かな軋み音が聞こえる。古い木造アパート特有の音だと自分を納得させ、彼女は再び目を閉じた。


だが、違和感があった。背筋に冷たいものが走る。


誰かに見られている――そんな確信が、理由もなく心に広がった。


彩花はゆっくりと目を開けた。部屋は暗く、窓から差し込む街灯の光だけがカーテンの隙間から漏れている。


視線を感じる方向を確かめるように、彼女は首を動かした。


だが、そこには何もない。ただの壁。飾り気のない、白い壁。


「気のせいか…」と呟き、彼女はベッドに沈み込んだ。


だが、視線は消えない。まるで壁の向こうから、誰かがじっと彼女を見つめているようだった。


 


翌朝、彩花は不動産屋に電話をかけた。


「…あの部屋、何か変な感じがするんですけど…前の住人のこと、教えていただけますか?」


担当者は少し間を置いて答えた。


「前の住人? ああ、若い男性でしたよ。静かな人で、特に問題はなかったです。急に引っ越したみたいですが…何か?」


「いえ、なんでもないです。ありがとう」


と、彩花は電話を切った。


だが、胸のざわめきは収まらなかった。


 


その夜、視線はさらに強くなった。


部屋のどこにいても、背後に誰かがいるような感覚。


彩花は我慢できず、壁に耳を当ててみた。


すると、かすかな音が聞こえた。


……呼吸音? いや、そんなはずはない。隣は空き部屋のはずだ。


彼女は懐中電灯を手に、部屋の隅々を調べ始めた。壁に小さな穴や隙間はないか――。


やがて、小さな画鋲の穴が空いている部分を見つけた。視線は、そこの部分から発せられているようだった。


 


翌日、彩花は隣の部屋を確認するために管理人に頼み込んで鍵を借りた。


隣室は埃っぽく、家具一つない空っぽの空間だった。


だが、壁に目をやった瞬間、彼女は凍りついた。


 


壁に、人の顔の形をした薄い凹みがあった。


目の部分は、ちょうど自室で見つけた画鋲の穴と一致する。


まるで誰かが長年そこに顔を押し付けて、壁にその形を刻み込んだかのように。


 


彩花は叫び声を上げ、アパートを飛び出した。


それ以来、彼女はその部屋に戻ることはなかった。

(完)

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