第8話 消えた水彩画の真相
翌日の放課後に事件の真相を教えてくれるということで、あたしは一日中ソワソワしていた。
放課後になって、明くんに美術クラブの教室に呼び出される。今日はクラブがない日だから、もう誰もいないと思うけど……。
そう首をかしげながら、素直に向かう。
教室にいたのは――モモカちゃんとノノカちゃん?
絵の行方を知りたいはずのモモカちゃんがいるのはわかるけど……どうしてノノカちゃんまで?
まさかノノカちゃんが絵を盗んだ犯人……?
たくさんの疑問が浮かんで心がざわざわしたけど、落ち着け、落ち着け……深呼吸だ。先入観は真相を見る目をくもらせる、ってパパも言ってたもん。
「あの、二人ともどうしてここに……?」
「あ! 舞ちゃん」
「明に呼び出されたんだよ。舞こそ何でいるんだ?」
二人ともどうして呼ばれたのかわからないみたいで、困惑した様子であたしを見つめてくる。
「そろったね」
「ひゃっ⁉」
あたしの背後から声をかけてきたのは明くんだった。
びっ……くりした!
足音も聞こえなかった。もう少しわかりやすく登場してほしい。
明くんはあたしを追い越して教室の中に入っていった。
あたしもあわててその後を追う。
「明くん……えっと……モモカたちに何の用?」
「何でオレたちを呼んだんだよ。忙しいんだけど」
おどおどしたモモカちゃんと、イライラした様子のノノカちゃん。
見るからに正反対だけど、双子なだけあって顔はソックリ。
明くんは二人の反応を意に介さず、自分のペースで話し始めた。
「うん、忙しいところごめんね。だけど謎を放っておくのは落ち着かなくて。消えた絵についてぼくの話を聞いてほしいんだ」
絵の話題と知った二人の表情が、わずかに固まる。
あたしはゴクリとのどを鳴らした。
いよいよだ――。
「大きな謎は三点、かな。誰が、どうして、どうやって絵を消したのか」
明くんは指を三本立てた。
うん。犯人と、理由と、方法……全部気になる。
「その前に。生徒玄関に飾られていた絵、とても素晴らしかったよ」
え、まだもったいぶる⁉
早く真相が知りたくて前のめりになっていたあたしは転びそうになった。
二人は拍子抜けしたように顔を見合わせる。
モモカちゃんが困惑しながら「ありがとう……?」と首をかしげた。
「ぼくも真似してみようとしたけど、本当に難しいね。あの素晴らしさはぼくじゃ再現できそうにない。尊敬する。だから良ければ……良ければでいいんだけど、サインがほしい」
さ、サイン? 明くん、思ったよりミーハーなんだ。
というか、真相はどうしたの⁉
二人も「なんだこいつ」って顔を隠さない。
だけどやっぱりマイペースな明くんは、色紙を取り出して――ノノカちゃんに差し出した。
「お願いしてもいいかな」
色紙を差し出されたノノカちゃんはポカンとして――ハッと我に返ると、色紙を押し返した。
「は……はあ⁉ な、何でオレに渡すんだよ! 作者のサインがほしいんだろ、モモカに渡せよ!」
「何でって……あの絵の作者は君だろう?」
え――?
明くんが言った意味がわからなくて、あたしは言葉もなく立ち尽くす。
あの絵を描いたのが、ノノカちゃん? モモカちゃんじゃなくて?
明くんは当たり前じゃないか、とでも言いたげな口調で説明してくれた。
「あれはピアノを弾いている女の子の絵だろ。しかも何も見ないで描けるほど、日常的に見ていた光景の絵だ」
「うん……だから、いつもピアノを弾いているモモカちゃんが描いたんでしょう?」
「ピアノを弾いている本人はその姿を見れないじゃないか。あの絵が描けるのは、ピアノの演奏を見学している子の方だよ」
……い、言われてみればそうだ……!
ノノカちゃんはキュッと唇を引き結んだ。モモカちゃんの顔が青くなる。
「絵を消したのは、君たち二人だね」
「えっ……! 二人が犯人⁉ どういうこと⁉」
「美術クラブに所属し、そこで絵を描いていたのはノノカさんだったんだ。ウィッグか何かでモモカさんになりきってね。だけどその絵が評価され、インタビューまで受けることになってしまった。これはただの推測だけど、モモカさんとしては、本当は自分が描いたものではないのにそこまで評価されるのは心苦しかった……だから絵が消えればインタビューも受けなくて済むと思った。そんなところじゃないかな」
「どうして、そこまで……」
口を押さえて、モモカちゃんが震えている。
どうやら明くんの推理は当たってるみたい。
けど、あたしにはまだわからないことがいろいろある。
「でも、それならどうしてノノカちゃんはモモカちゃんになりきって絵を描いてたの?」
「…………だって、オレみたいなのが絵を描いてるとか、似合わないだろ」
ふてくされたようにノノカちゃんは横を向いてつぶやいた。
強気なノノカちゃんらしくない、か細い声だった。
「自分でも女らしくないと思うし、外で動き回ってる方が似合ってると思うよ。こんなオレがああいう絵を描くの、絶対変だろ。……オレは絵が描けるだけで良かったから、モモカにムリ言って協力してもらってたんだ」
「モモカはそんなことないと思ってるのに。ノノカちゃんはすごいんだよ、自信持っていいんだよ」
「……モモカには迷惑かけてごめん」
「ううん。迷惑とかじゃないの」
二人はお互いを慰めるように手を取り合った。
……本当に二人は共犯者だったんだ。
「……だとしても、絵を一瞬で消した方法は?」
「それなんだけど……おそらく舞さんと教頭先生が見た絵はニセモノだったんじゃないかな」
に、ニセモノ⁉
「本物なら紙が厚くて隠し場所もないという話だったけど、うすい紙のコピーだったんだと思うよ。それならモモカさんが折りたたんで隠し持つこともできるからね。本物はとっくにノノカさんが家にでも持ち帰っていたんじゃないか?」
「え! でも、あたし、ちゃんと絵があるのを見たよ!」
「教室は暗かったんだろ? 色や質感まで確認できたかい?」
「それは……」
そう言われると、とたんに自信がなくなる。
たしかに布が外れたとき、暗くて、そこまでは見えなかった……。
「目の細胞には、ざっくり言うと色を判別するものと、形を判別するものがある。暗いところでは色を判別する細胞があまり働かないんだ。つまり形はぼんやりわかっても、色はほとんど見分けられないんだよ。だからニセモノでも欺けると思い、二人はそれを利用したんだろうね」
そっか、だから画用紙で窓が塞がれていたんだ……! 絵がニセモノなのをごまかせるくらい真っ暗にしたかったから……!
どうかな、と明くんが二人を振り返った。
二人は顔を見合わせて――あきらめたように全身の力を抜いた。
「……そうだよ、おまえの言うとおりだよ」
「……先生に、言う……?」
「まさか」
明くんはあっさりと首を振った。
「ぼくは謎が明かせたらそれでいいよ。ああ、あと、サインをもらえたらね」
そう言って明くんはまた色紙を差し出した。
差し出されたノノカちゃんはしばらく色紙をにらんでいたけど、やがて髪をぐしゃぐしゃとかきむしり、大きなため息をついた。
「……変なヤツ」
そうしてノノカちゃんが書いてくれたサインを、明くんはうれしそうに受け取ったのだった。
明くんメモ:
明くんは意外とミーハー。かも。
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