Episode2 喫茶Kawasemi

 湖の上という辺鄙な場所に天水あめのみ神社はあった。以前、街ブラ番組で恋愛成就のパワースポットとして紹介されたことがあり、一時ちょっとだけ混雑していたこともある。現在、ブームは大分下火ではあるものの、地元ではちょっとした観光地として認識されている。この神社の程近くにあるのが「喫茶Kawasemi」だった。ちょっとした観光地の恩恵を受けて、大繁盛とはいかないものの、それなりの経営。

 倉田 春香くらた はるかは大学受験を控え、気の滅入る日々を送っていた。受験勉強や頻回な模試も憂鬱だが、それ以上に別の悩みがあった。

「ちょっと息抜きに出掛けよう」

 幼なじみの大河原 緑おおかわら みどりがそう言って彼を連れ出した先が、「喫茶Kawasemi」だった。

 助手席のドアを開け、車から降りると、ゴツゴツとした砂利の感触が足の裏に伝わり、春香はやたらとそれが不快に感じた。「観光客も来るんだから、アスファルトくらい敷けば良いのに」と、そんな余計なことが頭をよぎる。

「はるくん、お店の入り口あっちだよ」

 そう言いながら緑は店の方向を指した。春香がそちらに視線をやると、そこには白を基調にした海外風の建物があった。

「……なんか、思ったのと違う」

 春香のつぶやきは、緑が車のドアを閉める音にかき消された。

「え? なんか言った?」

「ううん、なんも」

「そう。じゃ、行こっか」

 ガチャっと車の鍵が閉まる音がする。コクリと頷き、春香は緑の後ろに続いて歩き出した。



「今日は、お客さんが少なくて静かね。平日だからかしら」

「ねぇ、そういうこと言うと忙しくなるから、やめて」

 翠はカウンターで頬杖をつく女性をチラリと見て言った。翠とは母親ほど歳の離れたその女性は斎藤 しずといって、喫茶Kawasemiでパートとして働いている。

「しずさん、ケーキ食べる? コーヒーも入れてさ」

「あら、いいの?」

「売るほどあるので」

 そんな軽口を叩いていると、カランと入り口のベルが音を立てた。

「ほら、言わんこっちゃない」

「もう、翠さん」

 たしなめるように言うと、しずは入り口に向かって「いらっしゃいませ」と声をかけた。

 入ってきたのは青白い顔をした青年と、その青年と同じ年頃の女性の二人連れだった。

「あらあら、あなた、顔色が悪いわね。それじゃあ、こっちのお席にどうぞ」

 青年をカウンター席に案内しながらしずが言う。

 翠はしずが案内した席に、コースターと水、それから使い捨てのおしぼりを出した。

「メニューはこれね」

 言いながら翠はメニューブックを差し出す。受け取ったのは女性の方で、青年は終始うつむいている。

(あぁ、何だかやっかいなことになりそうだ……)

 うつむく青年を見ながら、翠はそんなことを思った。

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