裏の魔物・第4話 魔物の進行

「『煌天剣』!」


 ジルフレッドはその時勇者の奇跡を見た。

 ジットの持った剣から放たれた一撃。

 その一撃は光の波となり周囲を飲み込む。


「これは…!」


 光に飲み込まれたジルフレッドの体はみるみる回復していく。

 しかし、他の魔物達は塵となり消えていく。


「—っは!」


 ジットが倒れる。

 しかし、特に外傷や身体の異変は見えない。


 おそらく魔力を使いすぎたのだろうか。


「僕が…やったのか?」


 ジットは何処か間の抜けたことを言っている。

 無理もない。

 あれ程のスキルは他に見た事がない。


 先程までジャイアントフロッグに歯が立たなかった者が使えるスキルでない。

 

「—そうだぜジット!」


 気を取り直し直ぐにルバスとして振る舞う。


「あの光に当たったら傷も全部治っちまった。

 凄えスキルだったな!」


 演じているとはいえこれは本心だ。

 過去にジルフレッドが見て来た勇者にここまでのスキルを放てる者は居なかった。


「クエッ!」


「セナも…元気になったか」


 ジットの頭にセナが留まる。

 すっかり懐いているようで良かった。


「大丈夫?」


「まあ、すごい眠い…」


「そう」


 謎の女がジットに話しかけたかと思ったら、急に膝枕を始める。

 

「え、えっと!?」


 ジットが顔を真っ赤に染める。

 

「………」


 ジルフレッドは絶句する。

 この女が何を考えているのか分からない。


 周囲の魔物が消えた今、最優先の問題はこの女だ。


 謎の黒衣の女、カサネットの予言に出て来たのはコイツだろう。

 しかし、予言では敵か味方かそれすらも分からない。


 一体どうしたものか。


「寝て良いよ、これで頭痛くない」


 今のところ敵意は感じない。

 それどころかむしろ朗らかな空気すら感じる。

 先程もきっとこの女がいなかったら負けていた。


 判断はできない、しかしここで殺すのは早計だろうか。


「…うん……」


 ジットは眠りにつく。

 安心して眠れるほどだ、一先ずは大丈夫だろうか。


「ジットは寝たか…

 さて、お前は何者だ?」


 一応最低限の警戒はしながら質問する。

 この女以外にも問題は山積みだ、できるだけ面倒ごとにはしたくない。


「…わたしはカルナ」


「どうしてここにいる」

 

「……わからない」


 ジルフレッドは他にも幾つか質問をしてみる。

 しかし、悉くに分からないと返してくる。


 カルナがとぼけているのか、それとも本当に何も覚えていないのかはジルフレッドには分からなかった。


「最後に一つだけ質問するぞ。

 お前、自分が魔物だって分かってるか?」


「多分…?」


 全く要領を得ないカルナの答えにジルフレッドは頭痛がする。


 カルナは他の意思のない魔物と同じには見えない。

 おそらく自分達と同じ意思を獲得した魔物なのだろうか、とジルフレッドは考える。

 

「魔物の記憶ってどうなってるものなんだ?

 …あとでみんなに聞いてみるか」


 ジルフレッドが考えている間、カルナは優しくジットの頭を撫でている。

 

「セナ、この女から目を離すなよ」


「クエッ!」


 ジルフレッドはカルナから情報を聞き出すのを諦め、セナに監視を頼む。

 

「おい、ここも安全とは限らん。

 砦の方に向かおう。

 その方がジットをゆっくり休ませられる

 本当はデーバンタイトの所に行きたいところだが、ジットがいるから仕方がない」


「…分かった」


 考えていても仕方がない、とにかく問題は山積みなのだ。


「じゃあ、いくぞ。

 ジットを運ぶから貸せ…」


「いやだ」


 ジルフレッドがジットを抱えようとすると、カルナはジットを胸元に抱き寄せる。

 どうやらジットを離す気は無いらしい。


「はあ、じゃあお前が運んでくれ」


「分かった」


 カルナはそう言うとジットを抱き上げる。

 その顔は満足そうにニヤけている。


「なんでそんなにジットに入れ込んでるんだ?」


「……?」


 カルナは分からないとでも言いたげに首を傾げる。

 

「もういい、お前には質問しない。

 せめて、こちらの指示する事には従ってくれ」


「分かった」


 カルナは淡々と答える。

 本当に分かっているのかも知れない。


「はあ、まあいい。

 まず、お前の正体についてだ。

 旅の剣士とかで良いか?

 間違っても魔物だって言うなよ」


「わたしは旅の剣士」


 そうやってジルフレッドはカルナの設定を固めていった。

 一応こちらの言う事は素直に聞いてくれている。


「本当に大丈夫だろうな?」


「大丈夫」


 逆に心配になってくる返事にジルフレッドは再び頭を抱えた。


 


 




 




「おーい、誰か!

 入れてくれ!」


 林の中に入ると大きな石の壁が見える。

 ここが砦なのだそうだ。


「その声、ルバスなの!?」


 壁の中からジーナの声がする。

 すると何もない壁が動き始め、人が1人通れるくらいの穴ができる。


「ルバス!」


 ジーナが急にジルフレッドに飛びつく。


「ちょ、ジーナさん!?」


 ジーナの顔を見ると涙で目を真っ赤に腫らしている。


「目が覚めたらジットはいないし、急に大きな音がしたと思ったら大きい光の柱が見えるし、もう訳が分からなくて!」


 ジーナは捲し立てるように話す。


「それでルバス、ジット見なかった?」


 ジーナは顔をぐしゃぐしゃにしながらルバスに縋る。


「あー、ジットならそこにいるっすよ」


 ジルフレッドはジットを指差す。

 …カルナに抱き上げられているジットを。


「え、えっと…まずジットは生きてるのよね?」


 ジーナは明らかに混乱している。

 無理もない、心配していた弟が知らん女に抱き上げられて寝ているのだ。


「大丈夫、無事ですよ。

 多分魔力の使いすぎっすね」


「なら良かった…

 えっと、ところであなたは…?」


「わたしはカルナ。

 旅の剣士」


 困惑するジーナに、カルナは淡々と先程作った設定を述べる。


「あ、そうなの…カルナさん。

 えっと、弟を助けて貰ったのよね、本当にありがとうございます」


「別に構わない」


「あ、えっと…」


「ジーナさん!

 とりあえずジットを休ませたいんですけどどこか場所ありますか」


「そ、そうね!

 カルナさんも重いでしょうし!

 すぐ場所探してくるわ!」


 ジーナはそう言うと急いで砦の中に引き返していく。

 とりあえず、ジルフレッド達も砦の中に入る。


 砦の中は意外と広い。

 壁に覆われた空間に小屋がポツンポツンと立っている。

 今いる所と反対側には大きな門がある。

 

「ルバス! ここの小屋使って良いってよ!」


 ジーナはそう言って小屋の前で手を振っている。

 小屋の中に入るとベッドとテーブルが置いてあるだけの簡素な小屋だった。


「簡易的なものだから狭いけど、休むには十分よね」


 ジーナはそう言いながらベッドを整える。

 カルナはそこにジットを寝かせる。

 ジーナはジットのベルトを外したり靴を脱がせて楽にできるようにする。


「そういえば、あなた達は怪我とか大丈夫?

 まあ、大きな傷は無いようだけど…」


 ジーナは世話を終えるとジルフレッドの身体をペタペタ触る。


「俺たちは大丈夫っすよ。

 ジットのおかげっすね」


「ジットの?

 一体、外で何があったの?」


 ジーナはジルフレッドに詰め寄る。


「ああ、えっと、説明するんでちょっと離れて…」


「ご、ごめんなさい!

 …ジットもうるさいと休めないでしょうし外で話しましょうか」


「そうっすね」


 三人はとりあえず小屋の外に出る。


「流石に小屋の前で話してるのもアレよね…」


「あの、ジーナさん、村のみんなにも言っておきたい事があるんですけど…」


「分かったわ、じゃあ村長さんのところでいいかしら」


 そう言うとジーナは歩きだす。

 少し歩くと周りより少し大きい小屋が見える。

 

「えっと、ついたわよ?

 村長さん、入ってもいいかしら?

 少し用があるの?」


 ジーナは小屋のドアをノックする。


「いいよ、入りな」


 中から、しゃがれた声が聞こえてくる。

 ジーナが扉を開けると老人がベットに腰掛けている。


「おおルバス、戻って来たのかい。

 お前達がいないと聞いてどうしたものかと…」


「いや〜、なんとか戻ってこれましたね」


 ジルフレッドは笑いながら会話する。


「それで、用ってなんだい?」


 老人は先程までと打って変わって威厳を放つ。

 

「その、外での出来事を村のみんなに共有したいなと」


「分かったよ、ジーナ、メモでもとっておくれ」


「分かったわ、村長さん」


 そう言うとジーナは、村長の差し出したメモ帳と鉛筆を受け取る。

 

「じゃあ、話しますね」


 そう一言置いてジルフレッドは先程までに観たものを話し始める。

 もちろん、道化師やカルナが魔物であると言う事は隠して。


「じゃあ、あの光はジットが…」


「しかし、なぜジットにそんな力が?

 確かに才能のある子だとは思うが…」


 村長は疑問を投げかける。


「…俺、見たんです。

 スキルを使う瞬間、ジットの背中に紋章が浮かぶのを

 

 ジルフレッドは凄む。

 

「背中に紋章…まさか!?」


 村長は急に目を見開き大声で話す。

 ジルフレッドは村長に向かって頷く。


「はい、アレは…御伽話にあった『勇者の紋章』に見えました」


「なんと言う事じゃ!」


 村長はベットからおりよろめきながらジルフレッドに近寄る。


「勇者って、御伽話の主人公のあれ?

 ジットが小さい頃よく読んでた本の?」


「そうじゃ!

 魔王を倒し、世界を救うと呼ばれる存在。

 それが勇者じゃ!」


 村長は再びよろけてベットに寄りかかる。


「信じられん、まさかあの子が…

 しかも、命を落としかけたと…」


 村長は今にも卒倒しそうな勢いだ。


「今すぐ確認したいが…」


「うーん、でもジットしばらく起きそうに無いわよね」


「仕方がない、ジットが目を覚まし次第、もう一度話をしようか。

 勇者への準備もあるしの」


 そう言うと村長はジーナに何かを伝え、村人達に伝言するよう言う。

 ジーナはすぐにどこかに行ってしまう。


「さて、お主達も疲れただろう?

 ゆっくり休みなさい、どうせすぐに何か出来るわけでも無い。

 そこのカルナとやらも後で礼を持って行かせる。

 勇者を助けてくれた礼じゃ」


「分かりました」


「ありがとう」

 

 ジルフレッド達は小屋をでる。

 

「さて、これで最低限の用は済ませた。

 次は…」

 

 ジルフレッドは周囲に誰も居ないのを確認すると、カルナを抱え思いっきり跳ぶ。

 

「離せ」


 カルナはジルフレッドに抱えられたのが嫌なのかバタバタと暴れる。


「少し我慢しろ!

 —痛い! 殴るな!」


 ジルフレッドはカルナに殴られながら地面に着地する。

 目の前にはデーバンタイトのいる小屋が見える。


「デーバンタイト、緊急事態だ!

 開けてくれ!」


 小屋に向かってジルフレッドは叫ぶ。


「ジルフレッド! 戻って来たか!」


 小屋の中からデーバンタイトが慌てた様子で出てくる。


「途中で様子が見えなく…って、なんだその女」


「とりあえず入れてくれ、中で話そう」


 ジルフレッドはカルナを無理やり抑えながら小屋に入る。

 小屋に入り解放してやると、ジルフレッドに向かって殺意のこもった視線を向ける。


「さて、何があった?」


「色々あった…が、とりあえず勇者の覚醒には成功した」


「あの、光はその時のやつか?」


「そうだ、そしてさっき村中にその事は広めた。

 ジットの調子次第だが旅立ちまでそう時間はかからないと思う。

 そちらは問題ない」


 ジルフレッドはフウと息を吐く。


「問題はこのカルナと名乗る魔物と、セナウィークの演出だ。

 後者のあの量の魔物はなんだ!?

 僕まで死にかけたぞ!」


 ジルフレッドは声を荒げる。

 それにデーバンタイトは冷静に答える。


「実はこちらもな、お前が出て行った後、急に他の奴と連絡が取れなくなったんだ。

 水晶にも何も映らなくなった」


 デーバンタイトは水晶をジルフレッドに差し出す。

 魔法をかけるが何か起こる様子はない。


「流石に偶然とは思えないね」


「そうだな。

 その魔物もだ、カルナと言ったか?」


 カルナはまだジルフレッドを睨みつけている。


「急に現れてジットと話していた。

 戦闘能力はあるけど、記憶がない。

 一応こちらの言う事は聞いてはくれる」


 デーバンタイトはドンと地面に拳を打ちつける。


「一体どうなっているんだ、今回は!」

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