裏の魔物・第3話 魔物の企み

 世界は試されていた。


 魔王という脅威に人々はどう立ち向かうのか、それとも諦めるのか。




「ルバスおはよう、今日は早いのね?」


「ああ、ジーナさんおはようございます。

 今日はちょっと元気が溢れてまして!」


「そう、気をつけなさいね」


 ジーナは大きく伸びをしながらルバスを見送る。


 しかし、ルバスは家から出た後村の外に出るための門とは反対側、老人のいる小屋を尋ねる。


「来たよ、デーバンタイト」


「ジルフレッド、上がれ」


 老人はルバスのことをジルフレッドと呼び小屋に招き入れる。


 ジルフレッドが扉をくぐると、夜空が浮かぶ草原が現れる。


「何度来てもやっぱり落ち着かないね、ここ」


「そう言ってもどうしようもない。

 俺が作れるのはこの空間だけだ」


「…まあしょうがないか」


 ジルフレッドはため息を一つ吐くと地面に水晶を置く。


「『リレンラ』」


「…きたか…ジルフレッド…準備はいいか…」


 水晶から聞こえるのはセナウィークの声だ。


「ああ、その為に連絡したんだからね。

 勿論、心苦しくはあるけど…」


「まあ、お前は今まで一番近くで村の奴と関わってたからな」


 そう言いながらデーバンタイトはジルフレッドの背中をバンバン叩く。


「…空気が重くなった…どうする…」


「どうするって…」


 セナウィークの無茶振りにジルフレッドも困惑する。


「そうだ、お前に会いたがってたしハドリックも呼んでやるか」


 デーバンタイトが手のひらをポンと叩きながら提案する。


「ハドリック?…確かにあいつがいたら重苦しい空気にはならないね」


 ジルフレッドは少し苦笑いしながら答える。


「それがいい…『リレンラ』…」


 しばらく待つがハドリックは出ない。


「…ハドリック…でない…」


「またかあのお調子者は」

 

「まあ、ハドリックだしね」


 三人とも笑う。


「あの! すみません!

 ハドリック様、連絡来てます!」


 水晶の向こうからシリカの慌てた声が聞こえる。


「ですから、めんどくさいではなくて…」


「相変わらず大変そうだねシリカさん」


 ジルフレッドは笑いながら話しかける。


「いえ! 私はハドリックのお世話をできて…ってジルフレッド様ですか!?」


「何! ジルフレッドだと!?」


 急にハドリックが連絡に食いつく。


「そうだよ、久しぶりハドリック」


「ああ! 久しぶりだなジルフレッド!」


 ハドリックはとても嬉しそうに話す。


「本当にハドリック様はジルフレッド様が大好きですね」


「なんだ、妬いているのかシリカ」


「ちょ、ちょっと皆さんの前ですよ!」

 

「あはは、二人の仲が良さそうで何よりだ」


 ジルフレッドは再び楽しそうに笑う。


「こほん、それで用件はいかがしましたか?」


 シリカが咳払いをして冷静に聞く。


「ああ、実は今から“開幕”するところなんだけど、どうしても重苦しい空気になってしまってね。ハドリックに場を和ませてもらおうかと」


「ああ、そういう…」


「だから特に用という訳でもないんだ。

 ありがとうね、二人とも」


 ジルフレッドは笑いをようやく落ち着かせてシリカに状況を説明する。


「なんだそういう事なら、今から“開幕”なら皆で一緒に乾杯でもするか?」


 ハドリックが提案する。


「まあ…それも一興か…」


「決まりだな! 「リレンラ』!」


 ハドリックが指をパチンと鳴らす。


「どうしましたか、ハドリック兄?」


「ハドリック! ジャプールの事が恋しくなったですか!」


「あら、みんな居るの?」


 ゴレム、ジャプール、カサネットが連絡に呼び出される。


「全員…揃ったな…」


「一体いつ振りかな、全員揃うのは」


「えっと、今年で僕が産まれて18年だから…ざっと20年振り位かな?」


「そう聞くと、案外時間は経ってないものね」


 各々が感傷に浸る。


「さて、そろそろ挨拶でもしようか!」


 ハドリックが高笑いしながら言う。

 

「僭越ながら吾輩が語らせてもらおう!」


 他の者は静かになる。


「今まで吾輩たちは数え切れないほど世界を救ってきた!

 ちょうど今回で200回目…だそうだ」


 ハドリックが語り始める。


「しかし、吾輩たちの活躍が表立って伝説にのる事はない!

 何故なら吾輩たちは魔物だからだ!」


 ハドリックはボソッと例外はあるが、と呟く。

 ジルフレッドがクスリと笑う。


「人間を愛してしまった世界に逆らう存在である吾輩たちには、世界を救う手伝いは出来ても直接救う事は認められない…」


 ハドリックは悔しがっているように見せる。


「ここに居るのはそれでも人間を救おうとする、滑稽なほど愚かな魔物だけだ!

 まるで“道化師”だな!」


 皆がクスリと笑う。


「始まりはデーバンタイト!

 巨人の気まぐれで勇者を鍛える“指南の道化師”!」


 デーバンタイトが頷く。


「次にセナウィーク!

 勇者を愛した黒龍が世界を滅ぼす“天災の道化師”!」


 セナウィークが愉快そうに笑う。


「カサネット!

 勇者を育て未来を導く“占星の道化師”!」


 セナウィークは少し恥じらう。


「ジルフレッド!

 忠義に骨を埋め信を裏切る“背信の道化師”!」


 ジルフレッドは苦笑する。


「ジャプール!

 類稀なる才を持ち国を揺るがす“悪女の道化師”!」


 ジャプールは大きく吠える。


「ロード:ゴレム!

 従順な兵にして力の王たる“暴王の道化師”!」


 ゴレムは自身の胸を強く叩く。


「そして、吾輩ハドリック!

 人の笑顔を願い全てを騙す“黒幕の道化師”!」


 ハドリックは高笑いする。

 シリカは少しむくれながら手を叩いている。


「もちろん、シリカも!

 道化に心酔した愚なる聖龍“黒幕の助手”!」


 シリカは満足したのかニヤニヤしながら手を叩く。


「吾輩たちに許されるのは演じることのみ!

 これから始まるは“救世の物語”!

 さあ、道化師としての存在意義を示そうか!」


 皆が一様に手を叩いてハドリックに賛辞を贈る。


「素晴らしい演説ですねハドリック様!」


「さすがハドリックなのです!」


「ハドリック兄の演説は気持ちが入ります!」


「さて、演説も終わってしまったね…」


 ジルフレッドが少し寂しげに言う。


「ジルフレッド、気にするなとは言えん。

 だがな気にするな! 最後には皆を笑顔にするのだろう?」


 ハドリックがジルフレッドを励ます。


「そうだな、ハドリック…

 そうだ、僕はみんなを笑顔にするんだ!」


 ジルフレッドは覚悟を決める。


「よし! セナウィーク、やってくれ!」


「分かった…」


 セナウィークが深呼吸する音が聞こえる。


『ここは劇場…演じるは天災…』


 道化師たちが息をのむ。


『幕間はまもなく終わる…己に与えられた仕事を…

 舞台の場面は窮地…生命いのちを犯す禁忌…大地を穢す瘴気…』


 セナウィークはただ詠唱を続ける。


『ただ絶対的な理不尽を…ただ不条理な力の顕現を…』


 厳粛な空気のなかセナウィークの声だけが響く。


『さあ開こう…舞台は整った…

 “演出:天災”』


 詠い終わる。

 しばらく沈黙が流れる。


「様子は…どうだ…?」


 ジルフレッドが水晶に村の周辺の様子を投影する。

 水晶には村の出入り口の門に向かって黒い塊が近づいてくる様子が映し出される。


 その塊は村を閉ざす門の近くで爆ぜる。

 

 門は破壊され欠けらがあちこちに飛び散る。

 その欠けらは全て蠢いている。

 

「うん、問題ない…しっかり届いたよ」


 ある欠けらは足が生え、ある欠けらは目を開く。


 徐々に欠けらはそれぞれの形を形成していく。

 ゴブリンにホーンラビット、そしてジャイアントフロッグ。


「後はこっちの仕事だね。

 勇者を覚醒させて魔王を倒す旅に出る…

 任せて!」


「そういえば、今回勇者はどんな人間なんですか?

 力をつけた事ぐらいしか知らなくて…」


 カサネットが少し申し訳なさそうに聞く。


「確かに、僕が転生してから連絡してなかったしね、ごめん」


「俺も伝えるのを忘れていた、すまん」


 ジルフレッドとデーバンタイトは謝る。


「今回の勇者の名前はジット。

 家族は姉だけ、僕も含めて三人で暮らしてる。

 まだ勇者の力に覚醒はしてないけど基本的な魔法は使えるね、あと異常に周りが見えてる」


 ジルフレッドは少し誇らしそうに語る。


「まあ、最低限の力はありそうだな?

 家族が姉だけというのは何だ、親はどこへ行った」


 ハドリックがぶっきらぼうに聞く。


「両親とも冒険者をしていた。

 物心つく前に魔物に殺されてる」


「なら、魔物を恨んでいるか」


「いや、そうでもないんだ」


 ジルフレッドが急に凄む。


「ジットは魔物を恨んでいるというより、村の皆とどう生き残るか考えて、その結論として魔物を殺している感じなんだ。

 多分、自分たちを襲わないなら最悪放置しかねない」


「…それは…少し厄介だな…」


「いっそ魔物憎しだけで戦ってくれるならそっちの方が楽なんですよね。

 とは言え過去にもそんな勇者はいましたし大丈夫じゃないですか?」


「それだけじゃない、上手く言えないんだが…ジットは何だか歪な感じがするんだ。

 今回は少し注意した方がいいかもしれない。

 みんな頭の片隅に置いておいてくれ」

 

「「「了解」」」


 全員が声を揃えて了承の意を示す。


—ドンッ!


 小屋の外から衝撃波を感じる。

 どうやら村で魔物が暴れ始めたらしい。


「さて、もうそろそろ僕は行かないと—」


「ちょっと待って、ジルフレッド!」


 ジルフレッドの言葉を遮るようにカサネットが声を上げる。


「え、えっとね! 

 ちょっとまずいの!」


「カサネット、未来が見えたか!?」


「う、うん!」


 ジルフレッドはカサネットの言葉に食いつく。


「それで、今回は何が見えた!?」


「えっとね…

 少女、外の世界、真の覚醒…

 ごめんね今回も単語が何個かしか分からなくて…」


 カサネットの予言は単語が浮かぶのみ。

 そこから予言を読み解かなくてはいけない。


「少女、外の世界、真の覚醒…か。

 分かった覚えておこう」

 

「ジルフレッド…お前が一番…近くで対処できる…頼りにしている」


 セナウィークに頼られジルフレッドは満更でも無さそうにする。

 

「よし、今度こそ行ってくる!」


「気張れよジルフレッド!」


 ハドリックが大きな声でジルフレッドを応援する。


「もちろんだ!

 みんなまたな!」


 ジルフレッドは小屋を飛び出し、斧を構え魔物の群れに突っ込んでいく。

 

「そろそろ覚醒していてくれよ、ジット!」


 そう願いながらジットを探す。

 

「クエッ!」


「この声、セナ!?」


 砦の前付近でセナが鳴いているのを見つける。

 見るとセナはボロボロになっている。

 ジルフレッドが回復薬をかける。


「クエッ!」


「よし、元気になったな。

 セナ、ジットの場所を教えてくれ!」


 そうセナに伝えるとセナは飛び立ち、上空を旋回する。

 しばらくするとセナが鳴きながらある方向に飛んでいく。


「よし、そっちに居るんだな!」


 ジルフレッドはセナを追いかける。

 その先には確かにジットの姿が見える。


「まだ勇者の力に覚醒してないか…

 ん? 隣に誰かいる?」


 ジットの方をよく見ると確かに隣に誰かいる。

 そして、その瞬間ジルフレッドの足が止まる。


「黒衣の女…早かったな」


 ジルフレッドは斧を構える。

 敵とは限らないが、ジルフレッドは感じた。


 彼女は魔物である、と。


「どうするか…」

 

 ジルフレッドが足を止めていると、ジャイアントフロッグが迫っているのを見る。


「はあ、ジット武器持って無かったよな…

 しょうがない!」


 ジットに襲い掛かろうとしているジャイアントフロッグに向かって、飛びかかる。


「ジット、大丈夫か?」


 ジルフレッドは“演じる”

 世界を救う為に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る