シャーロック・ホームズの怪異録 VII:モンスター連盟

S.HAYA

プロローグ 最初の招待状

 ロンドンの空は、朝から異様な霞に包まれていた。

 霧というには重く、煙というには濃く、まるで大気そのものが何かを隠そうとしているかのようだった。


 シャーロック・ホームズは、ベイカー街221Bの窓辺に立ち、雲の裂け目から差し込む灰色の光をじっと見つめていた。

 彼の指には、封を切ったばかりの茶色い封筒が握られている。


 それは政府からの書簡だった。差出人の署名は、内務省直属の機密局、通称“黒の課(ブラック・セクション)”。

 普段なら、ホームズですら関与しない極秘中の極秘。だが、今回は様子が違っていた。


 「また、例の“刻印”か……」


 ホームズは封筒の中から一枚の写真を取り出した。

 そこに写っていたのは、焼け焦げた倉庫の内部。床には黒い灰が円形に広がり、その中心に、奇妙な図形が刻まれていた。


 三つの尖塔と、翼を広げた影。まるで何かが“召喚”されたかのような痕跡だった。


 「ロンドン、カイロ、プラハ、ニューヨーク……」


 ホームズは呟きながら、書類を並べていった。

 そこには、同様の現場写真が並んでいた。いずれも各地で発生した**“怪異”**の記録である。

 盗まれた機密文書、こじ開けられた研究所の扉、忽然と姿を消した目撃者。そして、すべての現場に残された、“印”。


 その印は、まるで共通の意志をもって世界を横断しているかのようだった。


 

 そのとき、背後から静かな声がした。


 「来ていたのか、ホームズ」


 ジョン・H・ワトソンは新聞を脇に抱えたまま、応接間に入ってきた。

 目の下には軽い隈があり、昨夜も眠りは浅かったことが見て取れる。


 「これだ、ワトソン。新しい“事件”の始まりだ」


 ホームズは写真と書類の束を手渡した。

 ワトソンはそれらにざっと目を通し、眉をひそめた。


 「どれも、奇怪な事件ばかりだな……しかし、これがすべて同じ連中の仕業だと?」


 ホームズはわずかに笑った。


 「その可能性が高い。いや、“確信”に近い。

  ただの犯罪者ではない。これは――集団的な動きだ。“怪物たち”の、な」


 ワトソンは無言で椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。

 壁の時計が重く時を刻む音が、部屋の静けさを際立たせている。


 「この世界には、我々が知っている以上の存在がいる。

  吸血鬼、ミイラ、狼男……。

  かつては神話や伝説だったものが、いま確実に組織され、動いている」


 「その名も……モンスター連盟、か」


 ホームズは応えず、ただもう一枚の手紙を差し出した。

 それは手書きの文面で、こう記されていた。


 

 > “選ばれし観察者へ

 >  我らの招待状を受け取られたし。

 >  黄昏の鐘が鳴るとき、議会が開かれる”


 

 その書状の端に、奇怪な“刻印”が押されていた。


 それこそが、すべての事件をつなぐ鍵であり、

 “最初の招待状”であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る